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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み9
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抱きしめられた身体を離すべくちょっとだけズラして、この状況を康弘くんに何て言ったらいいかと、自分なりにいいわけをアレコレ考えていたときだった。
ピンポーン♪
タイミングのいい呼び鈴と一緒に、引き戸を開ける音がした。
「すみませ~んっ、ウチの康弘がお邪魔してませんか?」
元気な女の人の声が、家の中まで響き渡った。
「あっ、お母さんが迎えにきちゃった」
ニッコリ微笑みながら穂高さんの手を掴んで、玄関に行ってしまう彼らのあとを追ってみる。
「車があったから、戻ってきたのが分かったの。それで、康弘がお邪魔してるだろうなって」
「お母さん、聞いて聞いて! 千秋兄ちゃんが、一緒に勉強してくれるって言ってくれたんだよ!」
穂高さんの後ろに隠れるようにしていたのに、康弘くんに腕を引っ張られ、前に突き出されてしまった。
「あっ、あの……はじめまして」
おどおどしながら挨拶すると、康弘くんのお母さんは丁寧に頭を下げてくれる。
「はじめまして。康弘の母の植松葵です。井上さんの自慢の弟さんとお逢いできて、とても嬉しいわ」
頭を上げながら肩まで伸ばしている髪に手をやり、柔らかく微笑む。
「千秋兄ちゃん、温泉気持ちよかったでしょ」
「えっ――!?」
「あ、コラ! 言っちゃダメだ」
ぽかんとする俺とワクワク顔の康弘くん。それに困った顔した大人のふたりが、バツの悪そうな表情で目を合わせる。
「もう! せっかくナイショにしていたのに、ダメじゃない康弘」
「そうだったの? ナイショだったの?」
「実は千秋、宿泊する旅館を決めるのに、あの場所には有名な温泉宿がたくさんあったせいで、俺ひとりじゃ決められなくてね、彼女に相談したんだ。以前そこに住んでいたっていう、話を聞いていたから」
彼女に相談――。
「私も住んではいたけれど、いいよっていう噂のある旅館が数件あったの。だから3人で現地に行って、直接確かめてみようってなって」
「千秋兄ちゃんあのね、1日であちこちの温泉を入ったり出たりしたんだよ! それでね、僕がいいって言ったところに決めたんだよね?」
「ああ。たくさん感想が聞けた旅館を選んだからね」
――3人で旅館巡りをしてくれたんだ、俺のために……。
「あ、ありがとうございます! お蔭でいい思いができました」
複雑な心境を必死になって隠しつつ、笑顔を作って3人にしっかりとお礼を言った。
考えるな、今は考えちゃいけない。この3人が仲良く並んで旅館に入っていく風景とか、目を合わせながらいろいろ話し込んでいる姿とか。
――だって、どうみたって親子にしか見えないから!
「あのよかったら、お昼ご一緒しませんか? ひやむぎなんですけど……」
心底済まなそうな顔して誘ってきた彼女を見てから、穂高さんが隣にいる俺に視線を飛ばした。
「どうする、千秋?」
「えっと……」
「今回のお詫びには、ならないかもしれませんが」
「お詫びなんてそんなっ。逆に有難いくらいですから。……お邪魔していいのでしょうか?」
あまりにも済まなそうに言うので、恐るおそる訊ねてみる。
「いいんですよ。たくさんの人とご飯を食べるのは、賑やかになりますし。良かったわね、康弘」
「千秋兄ちゃん、家に来てくれるの? 僕、頑張ってお手伝いする!」
そういう経緯があり、現在に至るワケなんだけど――。
ひやむぎをすすりながら、3人で交わされる会話を耳にした。何の気なしに、家の中をジロジロ眺めてしまう。
平屋の一軒家にあった手書きの表札には、葵さんの名前と康弘くんの名前だけあって、旦那さんの名前がなかった。ゆえに大人の男物が一切なく、ファンシーな感じの小物が所狭しと置かれている様子で分かってしまうこと。
――親子ふたりで、ここに住んでいるんだな。
「千秋さんって、呼んでもいいかしら?」
「あっ、はい。何でしょうか?」
唐突に葵さんに話しかけられ、慌てて返事をした。家の中をジロジロ見ている視線を、不振がられてしまったのかもしれない。
「まだまだたくさんあるから、遠慮しないで食べてね」
「ありがとうございます……」
「千秋さんがたくさん食べてくれるお蔭で、康弘も負けじと食べてくれてるの。だから嬉しいわ」
「違うよ。僕は、穂高おじちゃんと競ってたんだい!」
俺の隣にいる穂高さんにじっと睨みをきかせながら、ずるずるとひやむぎを食べる康弘くん。そんな彼を見ながら、穂高さんが声をかける。
「無理して食べてお腹を壊したら、お母さんが悲しむことになるけど、それでもいいのかい?」
柔らかくだけど、ぴしゃりと言い放つ台詞に、むぅっと唸ってから箸を置いた。
「……分かった、無理しない。ご馳走様する」
「俺もご馳走様しようっと。康弘くんとおんなじだね」
落ち込んでいるであろう康弘くんを気遣って声をかけたら、嬉しそうな顔して俺の傍にやって来る。
「千秋兄ちゃん、あっちの部屋に行こう。僕のコレクションを見せてあげる!」
「分かった、分かった。穂高さんは、まだ食べるんでしょ?」
引っ張られながら立ち上がって穂高さんに聞いてみたら、ニッコリ微笑んで全部食べると言ったので、そのまま康弘くんに拉致られることにした。
(……全部食べるって、相当な量があるのにな――)
心配しつつ隣の部屋に移動し、座り込んで膝の上に康弘くんを乗せたら、今流行のカードを次々と見せられる。遊びながらも目の端に、穂高さんと葵さんが楽しげに話している姿を捉えていた。
いつもこんな風に、食事に呼ばれたりしているのかな?
「ねぇ、千秋兄ちゃん」
「なぁに? 康弘くん」
「千秋兄ちゃんってば男なのに、いい匂いがする。ウチのお母さんみたく、シュッてするヤツつけてるの?」
スプレーを持つ手の格好をして、人差し指をクイクイ目の前で動かしてくれた。
「何もつけてないよ。洗濯で使う柔軟剤の香りかなぁ?」
「僕、この匂い好きぃ。何だか安心するんだもん」
手にしていたカードを床にばら撒くように置いて、膝の上でゴロゴロしだす。
「あっ、ちゃんと片付けないとダメだよ」
「もう少しだけ。くんくんしてから片付ける」
なぁんて言いつつも、康弘くんが目を擦りはじめた仕草で眠たくなったのが分かったから、仕方なく俺がてきぱきと片付けてあげた。
「康弘くんは、穂高さんにもこういうことをするの?」
「しなーい。穂高おじちゃんの匂いは、何だか落ち着かないから」
(子どもにも感じる、落ち着かない香りを漂わせる穂高さんって、ある意味凄いかもしれない)
若干顔を引きつらせて穂高さんの方を見たら、ひやむぎをすすりながら、横目で俺を見ていた。
その目が明らかに『俺も千秋の膝の上でムニャムニャしながら、あんなことしてこんなことしながら眠りたい!』なぁんていう、欲望に満ちた目をしているとは思いたくはない。でもきっと間違っていないと思われる。
「穂高さん見て。あんな風にしていると、年の離れた兄弟に見えますね。康弘ったら安心しきって寝ちゃったわ」
「俺の千秋は面倒見がすごくいいので、誰からも好かれてしまうのが、兄として本当に困ってしまうんです」
弟を褒めるにしても、所々可笑しくないか穂高さん。
「あのぅ、康弘くん完全に寝入っちゃったんですけど、どこかに寝かせましょうか?」
ボロが出る前にと、慌ててふたりの会話に割り込んだ。ヤキモチを妬いた穂高さんは見てるだけで、危なっかしいったらありゃしない。
「千秋さん、康弘の面倒見てくれてどうもありがとう。今、布団を敷くから、少しだけ待っててもらえるかしら?」
あらまぁと言いながら俺の傍にしゃがみ込んで、幸せそうに寝ている康弘くんを見る。それから部屋の隅っこに、布団を敷いてくれた。起こさないように、そおっと抱っこして、そこに寝かせてあげてから、タオルケットを被せてあげる。
(可愛いなぁ、こんな弟が欲しかったかも――)
少しの間だけ眺めてから穂高さんの隣に戻ると、山のようにあったひやむぎがすっかり平らげられ、出されていたお茶を美味しそうに飲んで、ひと心地ついていた。
なんだか、自分の家にいるみたいなくつろぎ方をしてるように見えなくもない。
「まるで保父さんみたいだったね。千秋はいい先生になれそうだ」
「千秋さんは、保父さんを目指してるんですか?」
俺も同じようにイチャイチャしたいんだという念を込めたであろう言葉に、葵さんが見事に乗っかってしまったせいで、ひーっとたじろいでしまった。
テーブルの下で穂高さんの手をこっそり引っ張り、首をぶんぶん横に振った。
「保父さんなんて、そんなっ。それに大学の専攻は、ぜんっぜん違うものですし。昔から、子どもとペットに好かれちゃうタチでして。アハハ……」
「そうか、俺はペットだったの――」
「ここっ、この島って子どもが少なそうですけど、どれくらいいるんですか? みんなが兄弟みたいな感じなんですかねぇ」
穂高さん~~っ、いい加減にしてくれよ! ぽろっと変なひとことを口走らないでほしい。ただでさえアヤシイ兄弟を演じているのに、ボロが出たら、それこそ島にいられなくなっちゃうよ。
引っ張っていた手を握りつぶす勢いで、ぎゅうぅっと握りしめてやり、じと目で穂高さんを見たら、小首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。
帰ったら穂高さんが普段みんなに言ってる俺のことについて、改めて訊ねてみようと思わされたのだった。
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