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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み10

***  ちょっと困り顔の千秋を連れ、自宅に帰った。さて、と――。 「ちあきせんせぇ、俺もせんせぇのお膝の上でゴロゴロしたいんですけどぉ」  ため息をついて振り向きざまに俺を見上げる千秋に向かって、ややふざけ気味に口を開きながら抱きついてやった。 「そんなことよりも、大事なお話があります穂高さん」 「なんだい? ペットの話?」  抱きしめていた腕の力を解き、傍にある千秋の頬にちゅっとキスを落としてあげる。まぁこれくらいでは、苛立つ君の心は落ちつくはずがないのは分かっているけどね。 「違いますよ、そこに座ってください」  言われた通りに座って、きちんと顔を付き合わせた。  本当は隣に座って身体に腕を回し、思う存分にイチャイチャしたいが、ここは我慢しなければいけないだろう。 「ね、千秋はイヌ派? ネコ派?」 「は――?」 「君が好きな方を演じてあげよう。イヌなら甘く囁きながらぺろぺろ舐めてあげるし、ネコなら身体をこすり付けて、ぺろぺろ舐めてあげる」 「それは穂高さんが、普段からしてることばかりじゃないですか」  額に手を当てて、うんうん唸りながら嘆いた。 「そうだったか、気がつかなかった。で、どっちが好きなんだい?」  気を取り直して、改めて訊ねた俺の顔をじっと見つめる。暫しの間の後に告げられた言葉は。 「ウサギ……」    そうハッキリと言いきった千秋に、どうリアクションしていいか分からない。  イヌかネコって訊ねたはずなのに、ウサギと言うなんて予想外だった。しかもこれはかなりの難題だ。どう演じたらいいのか――ニンジンを美味しそうに、ばりばり食べているシーンしか思い浮かばない。 「ウサギ、か。難しいけどやってみるよ。千秋のナニを、頭から美味しそうに食べればい――」 「そうじゃなくっ! 話の主導権を、俺に渡してくださいって!」  顔を赤くしながら大きな声を出す姿すら、可愛いと思ってしまった。難しい顔した千秋を和ませようと、俺なりに楽しい話題を提供しただけなのにね。これはこれでよしとしなければ。 「千秋から話しかけてくれたのに、さっさと始めない君が悪いんだよ」  正座をして膝の上に置いてる千秋の左手を取ってやり、甲にチュッとした。 「……食べてしまいたい」  千秋の手をじっと見ながらぽつりと呟いた俺のひと言に、顔をぎょっとさせるなり、慌てて手を引き抜かれてしまった。 「さっき、たくさんひやむぎ食べてたでしょ。何を言ってるんですか」 「千秋は別腹だよ。それに運動して、腹ごなしをしなければと思うのだが」 「運動の前に、ちゃんと話をさせてください。ここでしている俺の話を、穂高さんから聞いておかなきゃと思ったんです」  眉根を寄せて俺の顔を見つめるどこかつらそうな千秋の表情に、緩んでいた口元が自然と引き締まっていった。 「穂高さんを兄に仕立て上げるウソをついてしまったのは、本当に申し訳なく思ってるですけど」 「俺は逆に嬉しいよ。千秋と兄弟になれて」 「ぁ、ありがとございます。でも穂高さんの発言を聞いていると、兄弟を越えるものを感じてしまって、ですね」  ちょっとだけ頬を染めながら、口元で何かをゴニョゴニョ言ってる君が無性に愛おしい――俺の気持ちが伝わっているから、尚更。 「穂高さん、目を細めて嬉しそうな顔したってダメです。島の皆さんには俺のことを、どんな風に喋ってるんですか?」 「ん? しっかり者の弟・可愛い弟・優しい弟に、金銭感覚が俺よりもし――」 「ストーップ! 美化された話を聞くのは、もうたくさんですよ……」  俺の顔の前に手のひらを見せ、わざわざ言葉を止めた。 「美化しちゃいないさ、俺は見たまま感じたままを言ってるだけだ。それに、島の人たちが千秋のことをいろいろ知りたがっていたから、さっきのような説明をしたまでだよ」 「穂高さんの弟だからでしょ?」 「確かにね。でも純粋に、千秋自身を知りたがっているだけなんだ。島以外の人間ということで」  本当は、ナイショにしていようと思った出来事がある。心配かけさせたくなかったから。 「千秋、ここに来たとき島の人たちは余所者の俺を、稀有な存在として扱ったんだ」 「稀有な存在って、どうして?」 「船長が知り合いから聞いた俺の身の上話を、島の人たちにしたらしい。ホストクラブなんて、島にはないからね」  そう言ったら口を「あ」という形にして、ゆらゆらと瞳を揺らした。 「リクルートスーツにネクタイをきちんと締めて、船長の家に挨拶に行ったときも「そんなチャラチャラした服装で来やがって、髪染め直してから出直して来い」って言われたのが、今となっては懐かしいかもしれないな」 「穂高さん……」 「千秋がそんな顔をする必要はない。これは昔からなんだ。周りの容姿と明らかに違うしね、こういう待遇には慣れてる。だから船長に地毛なんです、ハーフなんですよって言ったら余計に驚かれて、もっと距離をとられてしまったよ」  距離をとられても詰め寄って頭を下げながら、修行してくれるように必死になってお願いした。義兄さんのツテを使っての紹介もあったから、無下に断れなかったのだろう。仕方ない感じを思いっきり出しながら船長が仕事を教えてくれたが、こんな身なりをしたヤツはさっさと辞めるに決まってるというのが、一緒に漁に出ている最中にひしひしと伝わってきた。 「君と別れた直後でそれを考えると苦しくなるから、一生懸命に仕事に打ち込んでいた。そのうちに船長が腹を割って、話しかけてくれるようになってね。済まなかったとわざわざ謝ってきたたんだ。それからかな……。島の人たちと、仲良く話すことができるようになったのは」 「ここで、そんなことがあったんですか」 「ん……。だから千秋は、すごいなと思ってね。島の人たちと一瞬で、仲良くなってしまっていたし」 「それは……それはきっと、穂高さんの弟だからですよ。穂高さんの人柄がいいお蔭で、俺に興味を持って優しく接してくれたんだと思います」  なぜか俯いて肩を小刻みに震わせる千秋に、小首を傾げてしまった。 「どうしたんだい?」 「ごめんなさい。穂高さんが一番大変なときに限って、支えてあげられなくて。お母さんが亡くなったときも、今の話のときも俺は――」  細い身体を、さらうように抱きしめてあげる。間をおかずに、ゆっくりと背中を撫でてあげた。 「だけど今、こうして傍にいるじゃないか。それだけで俺は十分だよ、千秋」  泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えようと、引き結んだ千秋のくちびるに目がけて、そっとキスをする。 (君が傍にいなくても、俺の心の中にいてくれたから頑張れたんだよ――) 「こういうやり取りがあったから、あえて千秋には話さなかった。島の人に、不信感を抱いて欲しくなかったからね」 「ううん、大丈夫だよ。知らない人が来たら、警戒するのは当然のことだと思うし。穂高さんはすっかり島に馴染んでいるね」  俺の身体に腕を回して、同じように背中を撫でてくれた。 「穂高さんはやっぱりすごい。俺の自慢の恋人だ」 「千秋……。ありがとう」  君の一言で、今までの苦労が報われてしまった。暗く翳っている過去すら、明るいものに思えてしまうくらいに。 「さて本当はこの後、腹ごなしをすべくイチャイチャしたかったんだが、船長のところに行かなければならなくて。帰ってきた挨拶やら、いろいろしなきゃいけないんだ」 「俺も行きます。船長さんに手土産を用意していたんです」  ふたりで一緒に立ち上がり、視線を絡ませて微笑みあった。 「さすがは、しっかり者の俺の弟だ。恋人だって披露できないのが、すごく残念だな」  少しだけ乱れていた千秋の髪を直すべく、指で梳いてあげる。 「気をつけてくださいよ。穂高さんの台詞には、かなりアブナイものがたくさん含まれているんですからね」 「分かった、なるべく気をつける。じゃあ行こうか」  信じられないなぁと言いながらパッと身を翻し、鞄から素早く手土産を持って俺の後ろを追いかけてくる千秋。  船長の家に着くまでの間に島の澄んだ空気を吸いながら、離れていた距離を埋めるように仲良く会話を楽しんで向かったのだった。

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