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残り火2nd stage 第2章:波乱万丈な夏休み11

*** 「いやぁ、よく来たな。入れ入れ!」  玄関先で挨拶をしたら、にっこりと微笑んで家の中に促してくれた船長さん。  今日は人様の家にお邪魔をしてしまう日だなぁと思いつつ、靴を脱いで穂高さんと一緒に居間にあがる。  目の前にある大きなローテーブルの下に、手早く座布団を敷いてくれた。 「遠慮せずに座ってろ、ほらほら」  船長さんは躊躇している俺の肩を掴んで、力任せにそこに座らせる。穂高さんも隣に並ぶように、静かに座った。 「何、飲む? ビールか? 焼酎か?」  親しげに肩を叩いて俺に聞いてきた船長さんに、なんと返事をすればいいのやら。突然お邪魔したのに、こんなに歓迎されてしまうなんて恐縮するしかない。 「あの船長、今日の漁は?」 「なぁに言ってんだ、相変わらず無粋だな井上。酒が呑める機会だっちゅーのに、それを潰す気か!? 空気読め、アホんだら!」  いきなりの叱責に、ヒーッと焦った。いつも、こんな感じで、穂高さんは仕事をしているのかな。 「あの、お話中のところすみませんっ! お口に合うか分からないのですが、どうぞお受け取りください!」  ふたりの間を割るように持っていたお菓子の入っている箱を、目の前にずいっと差し出してみた。 「お、おぅ気を遣わせて悪い。井上の弟とは思えねぇな!」  しかめっ面が一変してニコニコ顔に変わり、俺の頭をこれでもかと撫でまくる。 「わ、わ、わ、っ。あ、ありが、とう、ございま、す」 「良かったね、千秋。俺も鼻が高いよ」 「井上お前、少しは見習えよ。兄貴のクセにできなさ過ぎだ。オメェの場合はな――」  そこから船長さんのお話がはじまり、奥さんがやって来てお酒が用意されるとともに、おつまみやらご飯やらをたくさんご馳走してもらうことになってしまった。  気がつけば日はとっぷりと暮れて、穂高さんの家に帰ったのは午後11時過ぎとなっていた。家に帰る前に、ちょっと寄り道したから余計に遅くなってしまったのだけれど――。 「穂高さん、大丈夫? 俺の分まで呑ませてしまってごめんね」  船長さんに『酒が呑めなきゃ一人前になれん!』と言われてしまい、大き目なコップにお酒をがばがばと注がれた。しかも一種類じゃなく、ビールに始まり焼酎やウイスキーに日本酒やら……。お酒に弱い俺は、たじろぐしかなかったんだ。  最初に注がれたビールを飲み干すことに、必死になってる姿を横目で見ていた穂高さんが、自分の分と一緒にさりげなく呑んでくれた。 「問題ないよ。それよりも、千秋は大丈夫かい?」 (――さすがは元ホストというべき、なのかな) 「うん。外の空気を吸ったら、酔いが醒めていくみたい。ここは夏でも夜は涼しいんだね」  自分の住んでるところでは、考えられない涼しさだった。クーラーなんて、いらないレベルだよ。 「俺はもう少し涼みたいな。浜辺に寄ってもいいかい?」 「うんっ!」 「じゃあ、こっち。近道だから」  俺の右手を掴んでぎゅっと握りしめ、ゆったりとした足取りで引っ張ってくれた。いつもは手が冷たい穂高さんだけど、あれだけ呑んだ後だからか、すっごく熱くなってる。 「本当に大丈夫? 穂高さん」  繋がれている手に反対の手を添えて、甲を撫で擦ってあげた。すると途端に足を止め、顔だけ振り向き、闇色をした瞳を意味深に細めて俺を見下ろす。 「大丈夫じゃないって言ったら、どうしてくれるんだい?」 「だったら、早く家に帰った方が――」  掴まれている手を引っ張ったら、そのままぎゅっと身体を抱きしめられてしまった。 「わっ!?」 「今ここで介抱してって言ったら、してくれる?」  答える前にいつもの如く、くちびるを塞がれる。舌を絡めずに何度も触れるだけのキスをして、どんどん俺を追い詰めるように自分の熱を与え続けた。 「ぁあん……くすぐったい……っ」 「くすぐったいだけ? 千秋の身体もすっごく熱くなっているね」  腰に回している穂高さんの手がシャツの裾をまくり、背中をそっと撫でる。その瞬間、一緒に海風がふわりと入ってきて、自分の身体がもの凄く熱くなっているのを嫌というほど実感させられた。 「穂高さん、ここ外、なのに……こんな、ことしちゃ、ダメだよ」  息が勝手に上がっていく――お酒のせいかな。頭の芯がじんじんしていて、理性が飛びそうだ。穂高さんの手を何とか止めようとした言葉だけど、自分に言い聞かせたみたいだな。 「ダメって言ってるのに、モノ欲しそうな顔してる。俺は千秋に、どうしたらいいんだい?」 「どうしたらって、そんなの――」 「千秋の望みを叶えてあげるよ、さぁ言ってごらん」  どこか楽しげなのに真剣みを帯びた穂高さんの低い声色が、すっと心の中に響いてきて、俺の気持ちを強く突き動かしていく。 「……言いたいけど言えないよ。だって」 「大丈夫。俺たちを見ているのは、夜空に浮かんでるちょっとだけ丸い月と、キラキラ瞬いてる星だけだから。千秋の可愛い啼き声は波の音が消してくれるし、それにあっち側」  妖艶な笑みを浮かべて俺の顔を見てから、道路に向かって指を差した。つられる様にそこを見ると、建物らしき影があるではないか。 「そこにある廃屋が壁になって、あっち側からは絶対に見えないような場所に導いたのは、偶然だと思うかい?」  その言葉に呆れて何も言わないでいたら、ちょっとだけ拗ねた表情を浮かべる。 「恥ずかしがり屋の君のことを考えて、行動した俺を褒めてはくれない?」 「いや。何かハメられた感じがして、納得いかないっていうか」 「そんな可愛くないことを言うなら、千秋がして欲しいアレ、してあげない。ね、褒めて」  くちびるが触れそうで触れない位置にわざわざ顔を寄せ、嬉しそうに微笑みかけてきた。そのイジワルそうな笑みが、憎らしいやら悔しいやら――。 「できた兄……いや恋人だって褒めて欲しいな。褒めてくれないと何もしてあげない」 「……分かりましたよ。すごいです、穂高さんは。さすがは俺の恋人です……」  渋々言ってあげると、じゃあご褒美だねって言いながら顎を持ち上げ、少しだけ俺の顔に角度をつけた。そのままくちびるを塞ぐようにきっちりと覆いかぶさり、舌をにゅっと入れる。 「んぅ、はぁん……あっ――」  穂高さんの舌に自分の舌を絡めようと追いかけたら、しゅるっと逃げる始末。そんな彼の首に両腕をかけて後ろ髪を鷲掴みし、頭を動かせないように固定してみた。  そしたら鼻でフッと笑うなり追いかけた俺の舌を吸い上げつつ、きゅっと甘噛みする。 「ふぁ、あぅっ……も、っと……」  たどたどしく強請ってみたら、要求以上に感じることを穂高さんはしてくれた。  月明かりに照らされた重なる俺たちの影がまるで絡み合う木のように見えて、一緒にいる幸せを噛みしめずにはいられなかったのに――たった一枚の青いワンピースが重なる俺たちの影に亀裂を生じさせるなんて、このときは思いもしなかった。

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