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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん

 二箇所のバイトと大学を毎日こなしていたから、体力には自信があった。  だからこそ思いっきり島を満喫すべく、穂高さんと一緒に船に乗せてもらったり、船長さんの口利きで漁協の倉庫で昼間のバイトさせてもらいつつ、空いた時間に大学のレポートをまとめてみたり康弘くんと遊んだりして、とても充実した日々を送っていた。  しかしながら気を遣ったり、慣れない生活を送っていたせいか、ちょっぴりだけ疲れが出てきたみたいだ。  コッソリため息をついて、玄関で名残惜しそうに胴長をいそいそ着込む、穂高さんを見やった。  朝早くに漁から帰り、食事をしてから寝ているんだと聞いていた彼の生活は、俺が来てから少し変わったと思われる。寝る時間を惜しむようにその――俺を抱いてばかりいるから、体は大丈夫なのかなって心配になった。 「じゃあ、行ってくる。寂しくないかい?」 「うん、大丈夫だよ。気をつけてね」 「俺はこんなに寂しいのに、千秋は随分とあっさりしているな」  小首を傾げながら、俺の前髪に意味なく触れてくる。 「だって寂しいって言ったら、余計に寂しくなるし……」  顎を引きつつ上目遣いで穂高さんを見たら、前髪を弄っていた手を後頭部に回してきて、強引に引き寄せた。そのまま、くちびるを塞がれるのかと思いきや――。 「寂しい思いをさせてゴメン、すぐに帰ってきてあげるから」  ちゅっと額に、キスを落としてくれる。 「穂高さん……」 「そんな顔しないでくれ。帰ってからたくさん、そのくちびるにキスしてあげるからね」  くちゃくちゃと頭を撫でてから、振り切るように家から出て行った。 「逆に気を遣わせちゃったな。しかも体調が大丈夫かどうか、声をかけ損ねてしまった」  キスされた額をそっと触れながら居間に戻る。穂高さんがいないだけで、だだっ広く感じるのはしょうがないのだけれど。 「っ、はっくしょんっ!!」  薄ら寒く感じるのは、いつも傍にあるぬくもりがないから――あーあ、イヤになるなぁ。地元に帰ったら、きちんと生活していけるんだろうか。穂高さんなしの生活をしなきゃいけないのに、今からこんなんで大丈夫な気がしない。  鼻をすすりながら、Tシャツから出ている腕を擦ってしまった。夜になると昼間の熱気が、ウソみたいに気温が下がる。半袖しか持ってきてないから、対処のしようがないのがつらい。  クローゼットの代わりをしている押入れを開けて、穂高さんの服を物色しようと手をかけたときだった。つっぱり棒にかけられている数着あるスーツの一番後ろに、白いカバーをかけられたものが目に留まる。  それが目に留まった原因は、カバーの裾からひらひらした青い布地が見えたせい。奥に仕舞われているその様子が、まるで隠したがっているように見えてしまって、どうしても手を取らずにはいられなかった。 「よいしょっと……。すごいキレイな色のワンピースだな」  奥から引っ張り出し、カバーを外して遠くからそれを眺めてみた。ただの青い色っていうワケじゃなく光の加減で、うっすら水色にも見えた。時代を選ばないクラシカルなデザインに、とても上質な布地。きっとどこかのブランド物に違いない。  いそいそとタグを探してみると、洋服のことがさっぱり分からない俺でも知ってる、イタリアにある某ブランド製だった。そういえば穂高さんのお父さんが、イタリア人だったっけ。穂高さんのお父さんに関係がある物かもしれない。  そう思う一方で違う考えが、ちらりと頭を過ぎっていく。 (……葵さんにあげるのに、わざわざこれを取り寄せて用意したんじゃないだろうか――)  島に来てから葵さん親子に対する穂高さんの接し方は、とても丁寧なものだということが分かった。気を回しすぎているんじゃないかって、俺が思うくらいに。  たまたまご近所で、葵さんと康弘くんの二人暮らしだから、気にかけなきゃいけない存在だっていうのは分かるんだけど。 「あーあ、イヤだな。こんなところにまで独占欲が出ちゃうとか、どんだけ穂高さんのことが好きなんだよ」  ぶつくさ 文句を言いつつカバーをかけ直し、さっさと元の場所に戻してやる。そして押入れの下の段にあった引き出しの中から、長袖のシャツを選び、いそいそ羽織ってみた。  穂高さんのだから当然、俺にはサイズが大きいんだけど、それがまるで抱きしめられているみたいな錯角を起こして、今まで感じてしまったイヤな気分が吹き飛んでいった。 「よし、元気を勝手に貰ったところで、さっさと宿題片付けないとなぁ。どこまでやったっけ?」  ぶかぶかのシャツに包まれながらテーブルに戻り、さっそく勉強を始めた。始めて少し経ってないのに、なぜだか急な眠気に襲われてしまう。 「う~……まだ8時半なのに眠たくなるとか、まるで子どもみたいじゃないか。でも疲れが溜まってるんだな、きっと。ちょっとだけ仮眠とってから、再開すればいいか」  穂高さんのシャツを着たままベッドに潜り込み、そのまま引きずられるように眠りについた。  仮眠が仮眠じゃなくなったと思うくらいによく寝たと思い、目を擦ってみたら、見知らぬ初老の男性と穂高さんが、俺の顔をじっと見下ろしていた。

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