67 / 175

残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん2

「……んぅ?」  更に目をこすって状況を把握しようとしたけど、何だかすごく体が重ダルい。 「千秋、大丈夫かい?」  心配そうな表情を浮かべて、穂高さんが身を乗り出してきた。   (――大丈夫って、何がだろう?) 「熱で頭がぼんやりしているようだね。俺はこの島で医者をしている周防だ。兄弟揃っておんなじ病気にかかるとは、仲がいいもんだな」  周防と名乗った年配の男性は呆れた顔で、隣にいる穂高さんを見た。その視線に照れたように、頬をぽりぽり掻く。 「実は俺もこの島に来てから、しばらくして寝込んだことがあったんだ。昼と夜の寒暖の差で体力が奪われるらしく、風邪を引いてしまうらしい」 「風邪っ!?」  確かにくしゃみはしたけど、何回もしたわけじゃなかったし、喉だって痛くないのに。 「知らない間に、抵抗力を奪われるんだ。ほら、じっとしていろ。周防スペシャルを打っておけば、一発で治っちまうから」  ワハハと豪快に笑い飛ばし、手際よく注射を打ってくれた。しかも、いつ打ったのか分からないくらい、痛くないヤツ! 「あの、有り難うございました」  ちょっとだけ枕から頭を上げて、しっかりと目礼した。 「礼を言われるまでもない。もっと食べて、コイツみたいに大きくなりなさい」 「コイツみたいにって、何だか言い方にトゲを感じますよ、周防先生!」 「事実だろ。ムダにデカいガタイだけが、井上さんのとり得だろ」  頭をグチャグチャに撫でられ、からかわれている穂高さんが嬉しそうにしている姿は、何だか周防先生と親子みたいに見える。 「この体で、可愛い弟を守っているんです。なのでそんな言い方されると、俺でも傷つきます」 「なら医者として、その傷口に塩を塗ってやるよ。覚悟しなさい」  すごいなぁ、あの穂高さんを簡単にやり込めるなんて。 「そうそう、もう少ししたら俺の息子が島に遊びに来るから、構ってやってくれ。君らと同じくらいの年齢だし、話が合うだろ」  鞄を手にしてゆっくりと立ち上がり、振り返りながら告げてくれた言葉に、穂高さんは分かりましたと手短に返事をした。 「周防先生に似て、ものすごく性格のいい息子さんなんでしょうね」 「勿論だとも。俺に似て、ものすごく顔も性格もいいさ。地元で小児科医をしているんだよ。一度診てもらうといい、腕は確かだからね」 「そうさせてもらいます、バカにつける薬があるみたいですし。今日は往診、ありがとうございました」  面白いやり取りの後、引き戸が閉まる音がしてから、穂高さんが傍に戻って来た。 「あの、心配かけてごめ――」 「謝らないでくれ! 悪いのは俺なのに……」 「穂高、さん?」  ベッドの傍に座り込んで、両手でぎゅっと俺の手を握りしめる。  どうしたらいいかなぁと内心困っていたら、握っていた手をやわやわと引き寄せるなり、すりりと頬ずりをして、済まなそうな表情をありありと浮かべた。  穂高さんの手がいつもより冷たく感じるのは、熱のせいなのかもしれない。 「千秋がこんなになったのは、俺の生活に合わせて無理をさせてしまったからだ。もう少し注意して君の体を労わっていたら、こんなことにはならず――」 「違うって。それは違うから穂高さん。確かに最近、疲れを感じていたけど、自分で調整していたし」 「その調整しているときに時間も場所もわきまえないで、思う存分に抱いてしまっていたから……。もう出ないって千秋が言ってるのに、搾り出すようにハメ殺ししてしまって」  ちょちょちょっ! すっごく真面目な顔してるのに、言ってることが卑猥な言葉だっていうの、この人は気がついていないでしょ。 「君がこんな風にならなかったら、もしかして違う意味で逝かせていたかもしれない」   「もう、やめてよ。自分ばかり悪く言うのは。疲れてるからダメだって拒否れば良かったのに、全部受けていたんだし、その……」 「今だって、千秋のその姿――俺のシャツを着て、はぁはぁ言いながら瞳を潤ませて横たわっている姿に、欲しくなってしまって、ね。堪らなくなる」  切なげに印象的な瞳を揺らし、頬ずりしていた俺の手をとって、人差し指を口に含んだ。  舌でねっとりと絡ませてから、吸い上げて舐めていくそれに、息が勝手に上がってしまう。 「穂高さん、も、やめて。俺、一応病人なのに」 「んっ、んっ。分かってる。だからこれで我慢しているんだ」 「それでも、感じちゃって……。困る、よ……うっ」  犬歯を使って、指先をかぷりと甘噛みされる。 「わかってう、らから、もうやめうから」  まるでタバコを吸うみたいに、はむはむしてから、やっと解放される人差し指。慌てて布団の中に隠して、ぎゅっと握りしめる。熱が更に、上がったんじゃないのかな。 「千秋、大丈夫かい? 顔が真っ赤だが」 「……誰がそうさせたんですか、もぅ!」 「反対の手、出してくれ」  寄越せといわんばかりに、目の前に手を差し出してきた穂高さん。 「イヤですよ。また同じことをする気でしょ?」 「するワケがないよ。だって千秋は病人なんだしね。ただ、握りしめるだけにするから」 (絶対にウソだ――間違いないよ、だって……) 「目をぎらぎらさせながらそんなことを言われても、信じられませんからね。まったく」  ぴしゃりと言い放った言葉に、ぐっと息を飲み、やっと押し黙った。やがて――。 「やってしまうだろうか、俺……」  低い声でぽつりと呟く。穂高さんってば、自覚がないのかな。 「今までの展開を考えると、容易に想像つきますよ。はじめて穂高さんに看病されたときも、いちゃいちゃしていたでしょ?」  懐かしい話題を口にしてあげた途端に、顔色がぱっと華やいだ。 「千秋と出逢って、暫くしてからの出来事だね。俺の風邪を千秋が貰って、寝込んだときのこと」 「そうそう、それです。まだ気を許してなかったのに、いきなり家に押し入って来て、玄関先でキスしてきた挙句に風邪をうつせと、無茶振りなことを言ったり」 「……あの頃の俺は、人にうつせば治るものだと思っていたし。試しに、実験してみないかい?」  言いながら顔を寄せてきて、ん~っと唇を突き出す。それに対し無言で鼻の上まで布団を引っ張って、きっぱりと拒否してやった。  あのときと今の穂高さん、やってることが変わらないじゃないか。何とかして接触しようとするの、頼むから控えて欲しい。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!