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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん3
「どうしてもダメなのかい?」
「ダメに決まってるでしょ。むしろ離れてほしいくらいです」
「離れろなんてそんな……。ね、寒くないかい? 俺が布団に入って、温めてあげるよ」
「大丈夫です。指を噛まれた時点で、既に温まりましたから!」
俺だって本当は、いちゃいちゃしたのに何なんだよ。この誘惑の連続は――あまりの必死さに、つい頷きそうになっちゃってるぞ。
「ね、千秋何か――」
ピンポーン♪
「いのうえ~いるか~?」
タイミングよく引き戸が開く音と一緒に、船長さんの元気な声が耳に聞こえてきた。
「はーい、ただいま!」
もう少しだったのにとぶつぶつ文句を言いながら素早く立ち上がり、玄関に消えた穂高さん。
(――実際のところ、もう少しで危なかった……)
内心ドキドキしながら、先程までのやり取りをいろいろと考えていると、程なくして穂高さんが両手に何かを抱えて、俺の傍に戻ってきた。
「船長から千秋にって。お見舞いの品」
嬉しそうな顔して、ほらと言いながら見せてくれたのは、柑橘系の果物と小さい子どもが喜びそうなお菓子がたくさんあった。
――どうして、小さい子供用のお菓子が?
とは思ったものの船長さんに心配させてしまったことに、眉根を寄せるしかない。
「ごめんね、穂高さん。船長さんにこんなに気を遣わせた上に、迷惑をかけちゃって」
「ん? いいんだよ。実はこういうイベントが好きな人だし」
(――えっと、イベントですか、これ!?)
「俺がここで倒れて漁に出られなかったときよりも、まだ穏やかだから大丈夫」
「穏やか?」
「そう、穏やか。すごかったんだ、ホント。家まで見に来て玄関の鍵を壊して、中に入って倒れてる俺を見つけたときは、自分の船が沈んでしまったんじゃないかというくらいの勢いで、大丈夫かって叫んでくれてね。島中の人たちが騒然となってしまったんだ」
いやいや、船長さんじゃなくても大騒ぎになりますよ、それ。
そう、口に出そうとした瞬間だった。
ピンポーン♪
「井上さ~、おるか~?」
先程と同じように、声と一緒に玄関が開く音がした。
「そういえば穂高さん。玄関の鍵、開けっ放しなの?」
「ん……そうだよ。開けておかないと、引き戸を壊す島民が結構いるんだ。それにここは、鍵が必要のない場所だから」
それって、何度も壊されたから言えることだったりする? それとも、悪い人が誰もいないからだろうか。
「はーい、今行きます!」
さっさと玄関に向かった穂高さんの背中を、黙ったまま見送った。何だか忙しない状態にさせているのは、風邪を引いてしまった俺のせいだな。
申し訳ないなぁと思いながら、起き上がってみる。
「よいしょっと。さっきの声は、漁協のフミさん?」
穂高さんが漁から戻る前にいつも漁協に行って、フミさんたちの仕事を手伝っていた。今日、俺が顔を出さなかったことを心配して、わざわざ来てくれたのかもしれない。
「元気なトコ、見せてあげようっと」
周防先生に打ってもらった特別な注射のお蔭か、あんなに重かった体が軽く感じるくらいに楽になっていた。
ベッドから降り立ったとき、穂高さんが戻ってきた。そして俺の姿を見て、コラッと口を尖らせる。その手にはまたしても、見舞いの品らしい果物がたくさんあった。
「何で起きているんだ、千秋。トイレかい?」
「さっきのフミさんでしょ? 心配させちゃったみたいだから、元気な姿を見せようかと」
「そんなの必要ない。君がちゃんと元気になってから、漁協に顔を出せばいいだけの話だ、寝ていなさい」
手早くテーブルに果物を置くと、俺にわざわざ抱き着いてから、ベッドに押し倒した。
「ほっ、穂高さん!?」
「みんなが心配してるんだから、早くよくならなきゃダメだ。俺のためにも、ね」
言いながら穂高さんの額を俺の額に押し当てる。目の前にあるイケメンのドアップに、ドキドキが止まらない。
「ん……。顔は赤いけど、熱はさっきよりも下がったみたいだね。でもまた上がったら大変だから、しっかり寝ているように」
くすくす笑って、頬にちゅっとしてくれた。
「分かったよ。大人しく寝ておきます」
言われた通り、いそいそ布団に入り直していると――。
「千秋、そんな風にもの欲しそうな顔をしないでくれ。ここにもキス、して欲しかったんだろう?」
ベッドの傍らに座り、俺のくちびるを右手人差し指で、ちょいちょい突っつく。迷うことなく、その指をぱくっと口に含んでみた。
「こらこら、俺の指は体温計じゃないよ」
「…………」
穂高さんの言葉を無視して、ちゅーっと吸ってみたら、キレイな眉毛をへの字にして困った表情を浮かべる。
「まいったね。そんな顔して吸われていたら、俺のを咥えた千秋を思い出すじゃないか」
「うっ!」
勿論そんなつもりは毛頭ない。穂高さんに、ほんの少しイジワルしてみたかっただけなんだ。
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