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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん5

***  千秋との接触をその後、適度にキリのいいところで切り上げ(そりゃあもう、辛いのなんの……)いつものようにシャワーを浴びて濡れた髪を拭っていたら、ピンポーン♪の音が家の中に響いた。 「はーい、ただいま!」  玄関の引き戸を開けると予想通りの人が顔を覗かせたので、微笑みながら対応する。 「井上さん、おはようございます。千秋さんの様子は、どうですか?」  肩まで綺麗に伸ばしている髪を揺らし、神妙な面持ちで訊ねる葵さんに頭を下げて挨拶をした。 「おはようございます……。こんな時間に顔を出して戴きまして、すみません。周防先生の薬のお蔭で、だいぶマシになりました」 「そうですか、手当てが早くて良かったですね。これ、お口に合うか分かりませんが、千秋さんにどうぞ」  土鍋に入ったお粥を、鍋つかみごと受け取る。 「仕事の時間が迫っているのに、わざわざ有り難うございます。きっと千秋は、喜んで食べると思います」 「いいえ。康弘が大変お世話になっているものだから。早く良くなるように、大事にしてあげてくださいね」  ぺこりと一礼をして、足早に去って行くその背中を見送ってから家の中に入って、寝ている千秋を起こした。 「千秋、ちーあきっ。寝ているところ済まないが、起きてくれないか。葵さんが、美味しい玉子粥持ってきてくれたよ」 「う……ん。ぁれ、俺ってば眠ってたんだ」  貪るようなキスをしてから、ぎゅっと身体を抱きしめて背中をぽんぽんしている内に、あっさりと寝落ちしてしまったからね。 「穂高さん、髪が濡れてる……。いつの間に、シャワーを浴びたの?」 「ん……? 君が眠ったあとだよ。あまりにも呆気なく寝てしまったところをみると、周防先生のあの注射に、眠り薬が仕込まれていたようだな」 「やっぱり、そうなんだ。気を抜くとマブタが落ちそうなんだ」  いつも寝覚めのいい千秋が、とろんとした顔のまま俺を見上げてくれるのだが、見慣れないその表情が誘っているとしか思えない! (ガマンだ、ガマン。ガマン!)  そう心の中で何度も呟きながらお茶碗にお粥をよそって、ベッドに腰かけた。 「熱いから、ふーふーしてあげよう。少し待っててくれ」 「いいよ、そんなの。自分でしますから」 「ダメだ、俺がする。君は何もしなくていい」  自分でやると言った千秋の手を窘めるべく、手早く握手をして(どうして握手なのか、気にしないでくれ)スプーンで掬ったお粥を冷ますべく、息を吹きかける。 「……穂高さぁん、もぅ! 強情なんだから」  ちょっとだけ怒った声色だが、そんなの気にしない。病人はワガママだからね、心を寛容にしていないと。 「たくさん食べて、早く元気になるんだよ。はい、あ~んしてくれ」 「……あーんρ(`D´#)」 「そんな顔してるとこの後、俺が千秋を食べてしまうかもしれないよ」  怒った顔を何とかしてやろうと言ってみたら、慌てて表情を変えた。 「食べないでください、病人なんですから」  そう言いつつも隠しきれないやるせなさを、俺が着ているシャツの裾を掴んで、ぎゅっと握りしめる。  こういう態度が、いちいち俺を煽ってるって分からないだろうな――。   「はい、もっと食べてくれ。あ~ん」  雛鳥にエサをあげる親鳥のように、さくさくとスプーンを口に運んでやり、無理やりにお代わりもさせて朝食が終了した。  その後、周防先生に戴いた薬を飲ませるべく水を口移ししようとしたら、それくらい自分でやるからと、全力で拒否されてしまった。 (ー'`ー;)チッ  千秋の風邪をしっかりと貰い受けて俺もちゃっかり寝込み、看病してもらおうと計画していたのに、非常に残念である。  ――こうなったら、計画を変更させなければならない。 「ちょっと買出しに行ってくるよ。鍵をかけておくから、安心して寝るといい」 「分かった、気をつけてね穂高さん」  幾分顔色の良くなった千秋に見送られ、颯爽と外に出かける。早く良くなってもらおうと、栄養剤を買いにスーパーへ向かった。

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