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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん6

(スーパーに行く前に、漁協に寄った方がいいかもな。フミさん経由で千秋の風邪のことをみんなが知ってるだろうけど、お礼も言いたいし)  島に来てから、千秋が漁協でバイトを始めた。彼の真面目な働きぶりによりおばちゃんたちに大層可愛がられ、俺よりも愛でられている存在となった。  今日だって漁から戻ったら、倉庫内がえらく騒然としていた――千秋が来ないよ、何かあったんじゃないかって、そりゃあもう大騒ぎ状態だった。  千秋の人当たりの良さはコンビニのバイト姿でよく分かっていたが、ここまで夢中にさせるとは想像以上だ。  そんなことを内心感嘆しながら急いで家に戻ったら、ベッドの上でふーふー言いながら、熱にうなされている姿を発見し、慌てふためいて周防先生のいる診療所に向かった。  朝の出来事を思い返しつつ扉を開け、中にいるおばちゃんたちに声をかけるべく、大きな声を出す。 「こんにちはー、先程は大変お騒が……」  徒歩数分で到着する漁協の倉庫、声をかけた瞬間に自分の仕事を放り出して、おばちゃんたちが大勢押しかけてくる。その迫力は、言葉を失うくらいだった。 「周防先生から聞いたよ、疲れからくる夏風邪だって? ちゃんと食べさせてたのかい?」 「そうそう、あのコってば細っこい体しとったからね。全部、井上さんが食べてたんじゃろ?」 「ちーちゃん、熱が高いんだって? リンゴの摩り下ろし、持って行ってやろか?」  他にも一気に話しかけられたため、対応に困ってしまった。周防先生が説明をしてくれたお蔭で周知の事実となったのはいいが、これはこれで対処に困る。 「えっとですね、お見舞いの品は既にたくさん戴いているので大丈夫です。お気持ちだけ頂戴しますから」 「そんなことを言って、自分がちゃっかり食べようと思っているんじゃないだろうね?」 「滅相もないです、本当に! 千秋に全部、きちんと食べさせますから。早くよくなるように、これから栄養剤を買いに行くところなんですよ、ハハハ……」 「栄養剤!? そんな化学薬品に頼ろうなんて考えるとか、バッカじゃないの井上さんってば。自然食品から摂らせなさい!」  他にもいろんなことを言われ、叱られている間におばちゃんたちが精力剤だからと、またまたたくさんの食べ物をくれたのだった。 「わらしべ長者の気分。藁を持ってなかったけど……」  両手にビニール袋を提げ、ゆっくりと家路に向かう。 「いやぁ千秋がホストになったらきっと、宿命のライバルになっていたかもしれないな」    自分が店で働いていたときに、千秋がお客としてやって来たことを想像してみたけれど、今度は逆に千秋がホストになったら、どんな感じだろうか。  もともと持っている雰囲気を生かして、スーツを少しだけ着崩したら案外似合うかもしれない。びしっと着こなすよりも、緩めのイメージがバランスがとれていいだろう。  俺がお客として来店したら、いつもの笑顔で『いらっしゃいませ』と明るく言って出迎え、俺をドキドキさせるんだ。  そして『お客様を担当させて戴きます、紺野千秋と申します』って、はきはきした口調で言ってくれるはず。  適度な距離感を保ちつつ俺をエスコートし(いきなりベタベタしないのが千秋流)席に着いてから名刺を手渡される。 「お客様のお名前は、何とお呼びしたらいいでしょうか?」  潤んだ瞳で訊ねられ、更にドキドキしながら答えるしかない。でもドキドキを悟られないように、細心の注意を払って微笑んでみせる。  千秋の視線を、自分だけのものにしたいと思いながら――。 「そうだな、穂高って呼んでくれ」  少しだけ、気取った口調で言い放ってしまう俺。胸の中の鼓動を必死に隠しても、隠しきれない想いが落ち着きのなさを助長するんだ。意味なく、着ているシャツの裾をもじもじしたりして。 「穂高、さん?」 「穂高でいいよ。俺も君のことを、千秋って呼び捨てにするから」 「かしこまりました! じゃあ穂高、何を呑みますか?」  普段呼ばれないであろう呼び捨てだからこそ、嬉しさを隠し切れず口元がつい緩んでしまう。 「最初の乾杯は、ビールにしようかな」 「ビールですか……。ただいまご用意致しますね」  瞳を曇らせ元気をなくした声色に、眉をひそめる。唐突に下がった千秋のテンションの意味が、元ホストである自分にはすぐに分ってしまった。  自分としては徐々に距離を詰めようとビールを頼んだのに、これはこれで失敗だったと内心激しく反省する。 「待ってくれ、千秋っ!」 「なんでしょうか?」 「ビールはキャンセルだ。一番高いヤツを入れてくれ」  言いながら千秋の腕を掴んで、ぐっと自分に引き寄せた。俺の言葉が信じられないのか、ビックリした表情をありありと浮かべる顔が可愛い。 「穂高……いいんですか?」 「もちろんだよ。千秋の売り上げに、たくさん貢献してあげよう。君の笑顔が見たいからね」  千秋の頬に素早くキスを落としたら頬を染めあげ、くすぐったそうに肩を竦めてもっと可愛い顔を見せる。 「お客様から、ピンドンのご注文戴きました!! ありがとうございますっ」  千秋は元気に店内に響き渡るような大きな声で言い放つと、他のホストからもありがとうございますコールが連呼された。 「穂高ありがとう。俺のために尽くしてくれて」 「当然のことだ。君をこの店のナンバーワンにしてあげるよ」  そのまま腰を抱き寄せたら千秋から顔を寄せて、そっとくちびるを重ねてきた。最初は触れるだけだったのに、途中からはみんなに見せつけるような、濃厚でとても甘いものを仕掛けてきて、俺を簡単に翻弄するんだ。

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