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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん8

*** 「千秋兄ちゃん、こっちこっち!」  足元の悪い上り坂をものともせず、ひとりでさっさと駆け上がっていく康弘くん。 「あんまり急ぐと、転んじゃうよ」 「だいじょぶだいじょぶ。穂高おじちゃんとは違うから」 (ああ、穂高さん……康弘くんの前でも、何かやらかしているんだな)  走っていく後姿を追いかけたら、ちょっとした小高い丘の上に出た。 「あのね、ゴールデンウィークはこの辺いーっぱいが、ピンク色の絨毯になるんだよ」 「ピンク色の絨毯?」  小首を傾げて、目の前を見てみる。今はだだっ広い緑色の草原が広がっているだけで、まったく想像がつかない。 「ピンク色の小さいお花がたっくさん咲いてね、それを見ながら青い海を見たら、もっと綺麗に見えるんだよ」 「そっかー、一度見てみたいな」  でもゴールデンウィークはコンビニにとって稼ぎ時だから、それは難しいかも。  そんなことを考えながら、崖下の景色を堪能すべく瞳を細めて前方を見ると、浜辺にいるふたりが必然的に目に留まった。 (……あれは、葵さんと穂高さんじゃないか。しかも葵さん、穂高さんの家にあったあの青いワンピースを着てる) 「どうして……」  そんな葵さんを嬉しそうな表情を浮かべて、じっと見つめている穂高さん。ふたりは微笑み合いながら何かを話をしながら、寄り添うようにどこかに向かって歩いて行く。  ――向かった先は、葵さんの家!?  穂高さんの腕にぎゅっとしがみつくように腕を絡める姿を目の当たりにして、胸が絞られるように痛くなった。一体、何があったというんだ、さっぱりワケが分からない! 「イヤだ、そんなの……。俺は捨てられちゃうの? 穂高さん」 「千秋兄ちゃん!?」  康弘くんの声を無視して、一気に坂を下って行く。あのふたりを止めるために。止めて、そして――。 「止めた先に……何があるというんだろ」  頬を伝っていく涙で、ハッと我に返った。 「千秋っ、千秋! おい大丈夫かい?」  目を見開いたら穂高さんの顔が間近にあって、すごく心配そうな面持ちで見つめているのを、不思議に思ってしまった。 「あれ、俺……。どうしたんだっけ」 「随分とうなされていたよ。怖い夢でも見たのかい?」  怖い夢――穂高さんが俺から離れていってしまう夢。思い出したくないその夢を思い出し、胸が痛くて口をつぐんだ。 「俺の名を呼んでいたが、千秋に何かよくないことをした夢を見たのだろうか?」 「……心配させてごめんなさい。でも夢の中の出来事ですし、穂高さんは気にしなくていいですよ」 「ダメだ、気になる」  大きな手で、頬にそっと触れてきた。まるで俺の痛んだ心を、癒すような手つきに感じる。 「こんな風に泣きながら夢を見るなんて、気にするなって言われても気になって仕方ない」 「穂高さん……」  触れている手に、自分の手を重ねる。こうして今、傍にいてくれることが嬉しくて堪らない。 「夢というのは普段無意識に思っていることや、ストレスになっていることが出てくるらしいからね。もしかしたら俺が何か、千秋にストレスを与えるような言動や行動を、知らない間にしているのかもしれないな」  穂高さんは重ねている手にもう片方の手を重ね、自分の方に引き寄せて指先にキスした。 「君が気になっていることを、教えてくれないか? 改善できるなら、喜んでしてあげるから」 「でも……」 「こういう強引なトコが嫌だって言われたら、元も子もないけどね。でも何だってしてあげたい、大好きな千秋のために――」  言ってもいいのかな。葵さんとのこと……。関係ないのは分かってるのに、どうしても気になって堪らなくなっていること。こんな醜い独占欲を晒して、嫌われたりしないだろうか。 「ね、千秋……頼むよ、教えてくれないか?」  掴んでいる手を引っ張って俺を起こし、ベッドに腰掛けて後ろから、ぎゅっと抱きしめてくれた。  あたたかい穂高さんの体温――身体に染み込んでくるみたいに感じる。しかも顔をじっと見られずに話せるのは、あり難いかも。嫌なことを喋るときって、きっと醜い顔をしているだろうから。 「……あのね、穂高さん」 「ん――?」 「葵さんとのこと、なんだけどさ……」  彼女の名前を口にした瞬間、ふっと心の中が軽くなった気がした。 「葵さんが、どうかしたのかい?」 「……この島に来てからふたりを見ていて、その……結構、仲がいいなって思ってしまって!」  最後の台詞を言うときには堰を切ったように告げてしまい、何だかひとりでわたわたしているのが、思った以上に恥ずかしくなった。 「穂高さんが、みんなに優しいことが分かってるのに……。分かっているのにさ。何ていうか、葵さんには違う優しさがあるような、ないような。そんな気がしちゃったんだ」  だんだんと声が小さくなった俺の言葉に、穂高さんは息を飲む。

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