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残り火2nd stage 第3章:青いワンピースと葵さん12
***
「あはは……」
爽やかな朝がはじまったって、葵さんの家の前ではそう思ったんだけどな――。
その後すぐに自宅に帰って居間に入った途端に、目の前にいた穂高さんが唐突に両膝をついて床に跪いたと思ったら、俺に向かって両手を広げる。
「えっと、何でしょうか?」
「ん……」
大きな子ども(イケメン)が、目をキラキラさせながら俺を待つ姿に、顔を引きつらせるしかない。
「……そんなことよりも、先にご飯食べましょうよ」
呆れ果てながら台所に行こうとしたら、跪いたまま素早く行く手を塞いできた。
(――ちょっ、何やってんだよ……)
「穂高さん……」
「謝りたいんだ、千秋」
「もう済んだことなんで、謝らなくていいですよ」
「ダメだ、それじゃあ俺の気が許さない」
「謝ることとそのポーズは一体、どんな関係があるんですか?」
額に手を当てて聞いてあげると、嬉々として答える。
「全身全霊で謝ろうと思って。さぁ、飛び込んでおいで千秋」
「飛び込みませんよ、その手には乗りません。跪いてる時点で、危険度が二割増になっているんですから。朝ご飯がブランチになるのが、目に見えますよ」
抱きついたら最後どこを弄られてしまうか、今までの流れで容易に分かるっちゅーの。
「さぁ、退いて下さい。朝ごはんを作りますんで!」
「ん……っ」
「んもぅ、邪魔しないで下さいって。子どもみたいなこと、しないでほしい……」
「ヤスヒロには笑顔でおいでって言ったクセに、俺にこの扱いは酷いんじゃないのかい?」
――子どもと競うとか、何を考えてるんだよ。
「穂高さん言いましたよね。俺には1週間、手を出さないって」
「ああ、そうだな」
「今、抱きついたりしたら、その約束を破ってしまうんじゃないですか?」
俺としてはそれを守ってもらうべく、譲歩しているんだけど。
「勿論、俺からは手を出さない。だが千秋が俺を求めたら、無きにしも非ず」
「は――!?」
「頑張って手を出さないであげるから、君が我慢できなくなったら言ってくれればいい。身体を労わりながら、優しくしてあげるから」
ナニを優しくしてくれるんだよ……てか、やられた。手を出さない=手を使わないだなんて、思うワケがない!!
「さあ、おいで千秋。手を使わずに癒してあげるから」
うわー、堂々と言っちゃってるし。癒すだけじゃないクセにさ。
「どうしたんだい? そんな神妙な顔して。焦らすなら、俺から行ってしまうよ」
「来ないで、そこを退いて下さいって」
穂高さんの強引さとアッチの引き出しの数は正直、未知の世界だ。引っかかったら、そこで終了! というか目の前にある台所にいつまで経っても辿りつけない俺って、どんだけバカなんだか――。
蜜のように甘く囁き、蕩けるような笑顔でこれでもかと俺を誘うものだから、ぐらぐらしてる時点でもうアウトな感じ?
くそぅ、元ホストの魔の手をかいくぐる手は何かないのか!?
「千秋……顔を赤くさせて、何を考えているんだい? ん?」
「~~~っ」
「迷うことはない、さぁおいで」
俺の大好きな艶のある低い声に導かれ、思わず抱きついてしまってからピンと閃いた!
今は自分よりも背が低くて、手が出せない状態の穂高さん。実際かなぁり無理があるけど、その様子を小さいコに見立てたらどうなるんだろう?
「っ……ち、あき」
シャツの裾を口に咥え、肌に顔を埋めようとしている穂高さんの頭を、一生懸命になで撫でしてあげた。
このイケメンは幼稚園児! 幼稚園児なんだ!! だから何もできないんだ。俺がお世話して、可愛がってあげないといけないんだ!
「ほっ、穂高くん」
「へっ!?」
「いつも俺のことを、優しく癒してくれてありがとね。本当に感謝しているよ、困ってしまうくらいに……」
その言葉に目を大きく見開き、ぴきんと固まった穂高さん。何がはじまったんだっていう感じなのかもしれない。
「だけどね、君の知恵の利いたイタズラに付き合ってる暇はないんだよ。きちんとご飯食べないと、体を壊してしまうから」
「だが、千秋に謝りたいんだ」
「大丈夫だよ、その瞳からごめんなさいっていう気持ちが、ひしひしと伝わってきているし。さすがは穂高くんだよね」
ニコニコしながら顔を寄せてあげたら、少しだけ困った表情を浮かべ、すっと顎を引く。その顔は、なぜだか赤ら顔だった。
何かよく分からないけど、穂高さんが困惑している姿に内心安堵のため息をつき、ぎゅっとその体を抱きしめてから、台所に向かうことに成功したのだった。
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