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残り火2nd stage 第3章:助けたい2
***
午後からは約束通り、康弘くんと一緒に遊ぶため外に出かけた。
「千秋兄ちゃんっ、山を途中まで駆けっこね!」
出会い頭そう告げられて、いきなり全力ダッシュして目の前から消えてしまう康弘くん。ううっ、日頃の運動不足が……なぁんて言っていられない。
穂高さんは葵さんと並んで浜の方に行ってしまったのだが、それよりも康弘くんをひとりにしておけない。転んでケガをしたとか何かトラブルがあったら、面倒を見ている俺の責任になってしまう。
(でもやっぱり、ふたりが気になるよな――)
後ろ髪を引かれつつ、山に向かって走り出した。とりあえず背後の景色の中にふたりの姿が見えるので、何かあったらすぐに分かると思うんだけど、楽しげに微笑み合う並んだところは、どこから見ても恋人同士にしか見えないのが結構つらい。
「しっかし……ゼェゼェ……。山の途中まで駆けっこって一体? はぁはぁ……普通、頂上まで行くものじゃないのかな」
全速力で山道を駆けて行く康弘くんの背中を、必死になって追いかける。途中、ちらちらと後方を確認――打ち上げられている流木に腰掛けた穂高さんの隣に、立ったままの葵さんが並んでいた。
「千秋兄ちゃん、こっちこっち!」
息を切らしながら声のする方を見上げると、すぐ傍にある脇道で元気よく手を振っている。
それとの後方……頂上辺りに、2人分の人影が目に留まった。何にもない草原だけの山に、何しに来ているんだろう?
「やっと追いついた……。康弘くん、足が速くなったね」
脇道に入ってすぐに、しゃがみ込んでしまった。
「千秋兄ちゃん、だらしないなぁ」
「今度は一緒に、よーいドンしなきゃダメ」
「ええっ!? それするのはもう少し僕の足が、もっと速くなってからじゃないとダメだよ。絶対に負けるもん」
いやいや、もう十分に速いですけど。
「……こんな場所だけど、頂上に誰か人がいるみたいだよ」
機嫌が悪くなりそうだったので、苦笑いしながら話題転換した。
「きっと、写真を撮りに来てるのかも。ゴールデンウィークのときに、たくさん人が来てたんだよ。ここら辺全部ピンク色の小さなお花が、いーっぱい咲いていて、すっごく綺麗だったんだ」
(それってデジャヴなんだろうか。夢で見たことがあるような話だぞ)
「そっか。この緑の葉っぱは、ピンクのお花の葉っぱなんだね」
夢の中で見た光景を思い出しながら、砂浜にいるふたりに目を凝らしてみる。
さっきと同じ体勢のふたり――穂高さんが葵さんに何か話かけると、それに応えるように柔らかく微笑みかけて何かを喋っていた。
穂高さんが瞳を細めて口を開いた瞬間、葵さんがふっと真顔になり、腰を屈めながら顔を寄せて、ふたりの影がひとつになる。
「あ……っ!」
疲労でふらつく足を使い一気に立ち上がったら、目の前がぐらぐらと揺れた。
「千秋兄ちゃんっ!」
「え、あ……康弘くん?」
「かくれんぼしよう! 千秋兄ちゃんは鬼だからね。僕が隠れるのは、目の前にある砂浜のどっかだから! ちゃんと百数えてから下りてきて!」
まくし立てる様に言って、土煙を上げながら勢いよく山を駆け下りて行く。
「康弘くん、涙声だった……」
――葵さんが穂高さんにキスをした。この事実に俺以上に康弘くんの方が、キズついているのかもしれない。
ちくちく痛む胸を抱えながら浜辺にいるふたりを見ると、互いに顔を見合わせ、何かを言い合ってる姿があった。
……きっと穂高さんはスミマセンとかゴメンなさいなんて謝っているところに、葵さんが私こそいきなりゴメンなさいと謝っているみたい……な感じかな?
なぁんて、ふたりの会話を考えつつ――。
実際、穂高さんは内心喜んでいるんじゃないだろうか。だって俺から滅多にキスしたりしないし、俺からする前に穂高さんがしてしまう。自分からするタイミングに困ってしまってる間に、次々と服が脱がされていき――。
「うがーっ! 余計なことばっかり考えちゃうじゃないか。何、キスされるような隙を与えてるんだ。穂高さんのバカ!」
大声で叫んでみたところで、この声は届かない。
「帰ったら、絶対にお仕置きだ。間違いなく、お仕置きしなきゃ!」
多分百を数えたくらいの時間が経っただろうと思い、勢いよく坂道を駆け下りた。思い出すだけで腹立たしい――しかもそれを見て、康弘くんが泣いちゃったんだぞ。
(とりあえず俺のイライラは後で処理するとして、今は康弘くんを捜さなきゃ。隠れる場所は、大体決まってるんだけど……)
何度か彼とかくれんぼをして遊んでいるので、隠れそうな場所の見当がついている。だがいかんせん見たくないものを見た後なので、いつもと違う場所に隠れているかもしれない。
まずは一番端っこから捜してみようと考え、そこに視線を飛ばした。
反対側の端っこに穂高さんたちがいる。そんな近くに隠れるはずがないだろうと、自分なりに踏んだ。朽ち果てかけた小屋の中や、建物の物陰や岩場の影。打ち上げられた流木の影や、1本松の影などなど。
いつもより丁寧に捜してみたけど、全然見つからなかった。
「マズいよ。状況が状況だけに、どうしよう……」
砂浜をあちこちうろうろしている俺を見た穂高さんが、不思議そうな顔してやって来た。
今一番、アナタに逢いたくないのにな――。
「どうした千秋? ヤスヒロとかくれんぼでもしているのかい?」
「……そうですよ」
何もなかったように振舞う姿に、自然とイライラした。
「ヤスヒロのヤツ、小さい体してるから変な隙間に入って、息を潜めていたりするからね。俺も苦労させられた」
可笑しそうに肩を竦めて遠くに視線を飛ばし、康弘くんを捜してくれたんだけど、穂高さんがあまりに普通に接してくれるせいで、俺のイライラが勝手に頂点に達してしまった。
「見つかりたくないと思いますよ、きっと!」
「ん?」
「あんなの見たら、俺だって……」
言いながら、ぷいっと背中を向けるしかできない。こんな形で今、言わなくていいって分かってるのに。優先すべきは、康弘くんを捜すことなのに――。
葵さんのキスをあの状態から避けられなかったことくらい、自分の頭では分かっているのに、燻ってしまった気持ちをどうしても処理しきれず、穂高さんに当たってしまった。
「もしかして、千秋――」
緊張感を含んだ穂高さんの声色が、耳に入ってくる。
「……そうだよ。葵さんにキスされてるところ、康弘くんと一緒に見ちゃって」
「ヤスヒロっ! かくれんぼは終わりだ、さっさと出て来い!」
次の瞬間、背中を震わせるような大きな声を出した穂高さん。ビックリして後ろを振り返ったら、血相を変えていた。
「千秋、君が必死に捜していた理由が分かった。俺のせいで済まなかったね」
「あ……」
「帰ったら、煮るなり焼くなり好きにするといい。どんな罰でも受けるから。それよりも今は、ヤスヒロを捜さなくては!」
俺の右手をわざわざ手に取り、ちゅっと甲にキスをする。恥ずかしくなって離そうとしたのに、そのままぎゅっと握りしめ、手を繋いだまま声を張り上げて康弘くんを捜した。
「おーい、ヤスヒロ~! 出ておいで」
「あの、穂高さん……俺は大丈夫だから。手を離しても」
「俺としては、繋いでいたいんだが」
「あのさ、人捜し。手伝ってやろうか?」
穂高さんの声を遮るような声が背後からかけられたので振り返ると、背の高い男性がふたり、じっとこっちを見ていた。
(――もしかしてさっき、山の頂上にいた人たちかな?)
見つめられる視線に、慌てて握っていた手をパッと離す。
「……周防先生の息子さん、ですか?」
唐突に名指しした穂高さんに驚きつつ、茶髪の男性をよく観察してみたら、自宅まで往診してくれた周防先生にソックリだった。
目鼻立ちはソックリだけど、息子さんの方が断然色っぽい!
さらさらの茶髪の下にある目元が涼やかなのに、どこか華やかさがあるのは、右目にある泣きボクロのせいかな。
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