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残り火2nd stage 第3章:助けたい3

「やれやれ……。この島では親父のせいで、悪さができないね。内地で小児科医をしている、周防 武と言います。コイツは連れのバカ犬」 「ちょっ、それって酷くない!?」 「自己紹介くらい自分でやれよ。だからいつまで経っても、バカ犬呼ばわりされるんだ」  バカ犬って、あの……凄い呼び名のような気がする。毒舌っぷりも親子揃って半端ない。 「こちらこそ、紹介が遅れてしまって済みません。島で漁師をしている、井上穂高と言います」 「えっと弟の千秋です。はじめまして」 「看護学生の王領寺 歩です、はじめましてです。……あだっ!」  きちんと挨拶をしたというのに、王領寺くんの後頭部を振りかぶって殴る周防さん。 「ちゃんと笑顔で挨拶しろよ。見てみろ、目の前にいる元ホストの眩しすぎる笑顔をさ! 見習ってほしいくらいだ」  何で周防さん、穂高さんが元ホストだって知ってるんだろ? お父さんの周防先生が教えたのかな?  不思議に思って穂高さんを見たら、苦笑いをしながら肩を竦めた。 「内輪揉めはこれくらいにして、人捜ししてるんでしょ? もしかしてさっき山にいた、小さい男のコだったりする?」 「そうなんです。かくれんぼして遊んでいたんですが、ちょっと事情があって……」  言葉を濁すと穂高さんが辺りを見渡すべく、遠くに視線を飛ばす。 「隠れられる範囲が大体定まっているんですが、いかんせん体が小さいコなので深みに嵌っていたりしたら、大変なことになっているかもと。あ、葵さん。済みません!」 「井上さん、康弘に何かあったんですか?」  ただならぬ雰囲気を察してか、走ってやって来てくれた。 「男のコの母親です。葵さんこちらは、周防先生の息子さんの周防武さんと――」 「看護学生の王領寺歩といいますっ、はじめましてですっ!」  穂高さんが紹介する前に割り込むようにして自己紹介した王領寺くんの姿に、思わず吹き出してしまった。周防さんに言われたことをさっそく実行するなんて、偉いじゃないか。 「はじめまして……。あの、それで康弘は?」 「……俺とかくれんぼしてたんですけど、なかなか見つからなくて。捜すのが下手なのかな」  葵さんに事情を説明すると、困ったコだわ、ゴメンなさいねと逆に頭を下げられてしまった。 「千秋、いつもの場所は全部捜したのかい?」  穂高さんに訊ねられたので、顎に手を当てて改めて考える。 「うん。あ、だけど一箇所だけ入れなかったんだ。海の水が満ちたせいで、その場所まで入れなくて。だから、康弘くんも入れなかったと思うんだけど」 「……もしかして、そこにある岩穴のことかい?」  指を差した先にそれがあった。潮が満ちたせいで、岩がいつもの半分くらいしか見えない状態になっていた。 「ついこの間も、岩場に足を挟めてケガをしたことがあったの。だからもう近づいちゃダメって、きつく言ってあったんだけど」  その言葉を聞くなり反射的に身を翻して、岩場に向かって行った穂高さん。海の水に腰まで浸かりつつ、足元を確認しながら慎重に奥の方に入る。 「ねぇ千秋くん、君が捜し始めてから、どれくらいの時間が経ってるかな?」  柔らかい声色で聞いてきた周防さんに向き直ると、持っていたカバンを足元に置き、シャツの袖を手早く肘の上まで捲り上げていた。 「多分、5分以上は経ってます」 「そうか、結構時間経っちゃってるよね。お見合いパーティ宜しく、自己紹介しあっていたし」  言いながら屈伸運動を始める。その後、首や手首を回したり腕をぶんぶん振り回したりと適度に体を動かす姿に、王領寺くんと一緒に首を捻った。 「何してんの、タケシ先生?」 「心肺蘇生前の準備運動。結構、体力使うからね」 「心肺蘇生って、あの……?」  周防さんの言葉に葵さんが青ざめ、体をがくがくと震わせる。 「あちこち捜して見当たらなかった。残るは、そこにある岩場だけってことは、お子さんのいる確率が高いですよね」  気合を入れるためなのか頬をぱしぱし叩き、きりっとした表情を浮かべた。 「だけど大丈夫ですよ。大人よりも子どもの方が水難事故に関しては、救命率が高いんです。身体が覚えているんですよ、お母さんのお腹にいたときのことをね。それに――」  波打ち際に足を進めて、海の中に手のひらをそっと入れた。 「海水浴に適さないこの低い水温が、お子さんの脳障害を防ぐ役割を果たしてくれるだろうから」 「悪いっ、手間取ってしまった!」  周防さんの言葉にかぶさる様に穂高さんが岩場から顔を出し、康弘くんを胸に抱きかかえて急いでやって来る。 「でかした! こっちに運んでくれ」  指示されたところに優しく横たわらせられた康弘くんの顔色は、雪のように真っ白で、くちびるが紫色をしていた。 (どうしよう……俺が見つけられなかったせいで、こんなことになってしまった――) 「康弘!? 康弘っ」  葵さんがあげる悲痛の叫びが、ぐさぐさと胸に突き刺さる。 「歩、患者さんからお母さんを遠ざけてくれ」  康弘くんの胸の上に頭を置きながら、厳しい顔で指示をする周防さん。その真剣な顔はできるお医者さんって感じなんだけど、死んだように動かない康弘くんの姿に、どうしても不安を拭えなかった。 「康弘っ……どうして……」 「お母さん、絶対大丈夫だから。タケシ先生、すっげぇ名医なんだから」  葵さんの両肩に手を置いて落ち着かせるような王領寺くんの言葉が葵さんを宥めたのか、震えていた体がおさまる。 「千秋……千秋、大丈夫かい?」 「穂高さん――」  頭からずぶ濡れの穂高さんが顔を寄せて、俺のことを心配そうに見つめた。 「康弘くんのことをちゃんと捜していたら、こんなことにはならなかったんじゃ……」  俯きながら後悔の念を口にすると、周防さんが「違うよ、それは」と会話に入ってきた。 「千秋くん、自分を責めるのはお門違いだよ。あの場面で君が思い出してくれたから、無駄な時間をかけずに済んだ。しかもお兄さんが、ちゃんと見つけてくれたじゃないか」  康弘くんに跨り、胸を両手でリズミカルに力強く押し続けながら口を開く。 「発見が早いに、こしたことがないんだからね。俺としては大助かりなんだから……。っと、やっぱあまり水を飲んでないみたいだ」  周防さんが胸を押してる最中、口から少しだけ流れるようにカポカポと水が出てきた。水の中にいたなら、もっと出てもいいものなのかな? 「歩、親父んトコ行って、ドクターヘリ頼んでちょうだい。低体温療法ができる病院に搬送するように! 医者の俺と、お母さんが乗り込むことも言ってほしい」 「わかった! ……だけど場所がわからねぇよ」 「俺が案内する、ついて来てくれ!」  穂高さんは俺の頭をぐちゃぐちゃと撫でてから、身を翻して素早く走り出す。その背中を追いかけるように、王領寺くんも行ってしまった。 「ゲホッ……う、ゲホゲホッ!」  ぐったりしたままの康弘くんが、顔を歪ませて苦しそうに咳き込んだ。 「康弘っ!? 康弘、分かる? お母さんよ!」  頭のところに跪き、必死に呼びかける葵さん。それに倣って、俺も隣に跪いた。 「康弘くん、しっかりして!」 「よしっ、心拍と呼吸が再開した」  胸元に耳を当て右手親指を立てて、俺たちに見せてくれる。 「意識が戻らないのはちょっと心配だけど、とりあえず小学校のグラウンドまで運ぶよ。千秋くん悪いけど、俺の鞄を持って来てくれないか?」  手早く背中に康弘くんを乗せて、一気に駆け出すその早業――準備運動していたワケが分かる気がした。 「葵さん、一緒に行きましょう」  片手は周防さんの鞄を握り、反対の手で葵さんの左手をぎゅっと掴み寄せた。 「千秋さん……」 「周防さんに追いつかなきゃ、一緒にヘリには乗れませんよ」 「っ、ありがとう……」  泣きだしそうな顔をした葵さんを引っ張って、必死に走った。  追いつくのは無理かもしれないけれど、とにかく少しでも早く康弘くんの傍にいさせてあげたい一身で、頑張って走り抜けたのだった。

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