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残り火2nd stage 第3章:助けたい4
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診療所に向かって走りながら、後方にいる王領寺くんのことをふと考えてみる。
周防さんの実家にやって来たふたり。夏休みだから友達と一緒にやって来ること自体、おかしなことではない。
だが周防さんの首にあった、鍵のついたネックレス。それと王領寺くんの首につけられている南京錠付きのチョーカーは、多分お揃いの物だろう。
バカ犬呼ばわりされていても、どこか嬉しそうだったし。
「あのっ、もう少しスピード上げていいっすよ!」
「済まない。つい考え事をしてしまって、スピードが落ちてしまったね」
――急がなければ!
「考え事って、さっきの康弘くんだっけ? 大丈夫っす! タケシ先生がぜってー助けてくれますから」
スピードを上げたのに、余裕な顔して隣に並びながら言い放つ。服が濡れているせいでかなりの重さを含んでいたが、それくらいで足が遅くなることはないと思うのだが。
体が弾むたびに彼の首についているチョーカーが揺れて、南京錠がキラキラ瞬いた。彼のシャープな顔立ちを、より輝かせるみたいに。
「そのチョーカー、すごくステキだね。彼からの贈り物なのかい?」
((((o ̄. ̄)o ・・・・・・・・ミ(ノ;_ _)ノ =3 ドテッ
思ったことを口にしたら、いきなり全力疾走して目の前で派手にこけた。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り手を差し伸べてやると、真っ赤な顔しながらなぜだか怯えたような表情をありありと浮かべる。
「みっ、水に滴るいい男にそんなことを言われても、俺的には無理って言うか、えっと……そのぅ」
差し伸べた手を使わずに、いそいそ自力で立ち上がり、汚れた部分をばしばしと両手で叩きながら俺を見た。
「……誘ったとか、そんな深い意味はないよ。ただ、チョーカーがとても似合っていたから、指摘しただけなんだが」
「すみませんっ、普段滅多に褒められたりしないから、いきなりワケ分かんねぇこと、口走っちゃって」
「こっちこそ、急いでる足を止めて済まない。目の前にある、白い建物がそうだから」
言いながら指差ししてやると、いきなり凄いスピードで駆け出す。後方にくっついていくのがやっととか、どれだけ足が速いんだろう。
診療所の中に入ると王領寺くんはスリッパを履かず、そのまま診察室の中に入ろうとしているところだった。
「お父さんっ、緊急事態です!」
「おとうさん!?」
あまり聞いたことのない、周防先生の不機嫌そうな声が診療所内に響く。もしかして既に、仲がよろしくない関係だったりするのか?
診察室に入りにくいなぁと思いつつ、足を踏み入れたときだった。
「すみませんっ! あの周防先生、タケシ先生を俺にください!!」
「"o( ̄ヘ ̄;)はぁ!?」
「( ̄O ̄;) ウォッ!」
周防先生の放つ雰囲気に気圧されたのか、いきなりすごいことを言った王領寺くんに、3人3様でそれぞれ固まるしかない。
「何を寝ぼけたことを言ってるんだね。それよりも井上さん、どうしてずぶ濡れになっているんだ?」
「ヤスヒロが海で溺れて息子さんが今、救命措置をしているんです」
王領寺くんには悪いけど、親への挨拶は後回しにさせてもらう。ヤスヒロのことを伝えなければ。
「そうなんです。なのでドクターヘリを呼んで欲しいって、タケシ先生に頼まれました。えっと低体温療法ができる病院に搬送して欲しいのと、患者さんと一緒にお母さんとタケシ先生が乗り込むからって。お父さん」
「おとうさん!?(;`O´)o」
(ああ、もう何でいちいち地雷を踏んでしまうのか……)
「あの周防先生、準備があるなら手伝いますけど」
恐るおそる声をかけると傍にある引き出しを力任せに引っ張り、中からタオルを取り出して、俺に向かって投げつけてきた。
「とりあえず、それで体を拭きなさい。風邪を引いてしまう」
「ありがとうございます……」
「そして王領寺くんっ」
突き刺さりそうな鋭い視線で、睨み倒すように彼を見る。正直、視線の先にいたくないくらいだ。
「はいっ、おっ……周防せんせぃ」
「奥にあるストレッチャーを持ってきて、そこにある酸素ボンベを乗せてくれ。俺は病院に連絡してから、カルテをコピーしてくるから」
「ストレッチャーと酸素ボンベ?」
「あ~もぅ! とっとと動けよ! こんな狭い敷地に、ヘリが置けるわけないだろう! 想像力を働かせろ」
きょとんとする王領寺くんに周防先生がイライラしながら、これでもかと怒鳴り散らした。
(ふたりの険悪な状態を黙って見ていられないな、何かあったら困る――)
「カルテ室にあるファイルからヤスヒロのヤツを探して、コピーすればいいんですよね? それくらい、俺がやりますよ」
「おう、助かる。ほら王領寺くん、早くしないか!」
「キリッ(・⊥・)/はい! 周防先生っ」
強く叱られたというのに(もしかして叱られ慣れてる?)へっちゃらな顔して言われたことをきちんとこなす、王領寺くんを目の端に映しながら、ヤスヒロのカルテを探し出して、しっかりコピーした。
「よしっ、ヘリは10分以内に到着予定だそうだ。それぞれ準備はできたか?」
「コピー完了しました!」
「言われた物、ここに準備OKっす!」
「じゃあ、王領寺くんはこれに氷を入れておいてくれ。井上さんは、俺と一緒にこっちに」
下の引き出しから氷嚢をたくさん取り出して、王領寺くんに無理やり手渡すなり冷蔵庫を指差す。
「あ、そっか。低体温療法だから」
小さい声で呟きながら急ぎ足に向かい、言われたことを手早くこなす。そんな一生懸命に仕事をする彼の背中をじっと見つめてから、俺に視線を移してきた周防先生。
「俺のじゃ小さいかもしれないが、着替えを貸してやるよ」
「いえいえ、大丈夫です」
「風邪の患者を増やしたくないんだ。医者の言うことを素直に聞いたらどうだね?」
言いながら、ばしんと後頭部を叩かれてしまった。しかも、結構痛い……。
「はぁ、じゃあお言葉に甘えて」
「おい、俺たちが戻ってくるまでに、全部氷を入れておけよ!」
「はい、やっつけておきます!」
元気な声に見送られて、周防先生の自宅にお邪魔させてもらう。
「客人用の下着と……うぅん。派手目なTシャツに、ハーフパンツっと」
ゴソゴソ探ししながらタンスの中にあるものを、そっと手渡してきた。
「返さなくていい。そういう派手目な物を着る年は、とうに過ぎてるから」
「そうですか? まだまだいける年だと思いますが」
洋服を広げて、しげしげとそれを眺めた。派手目といってもオレンジ色のTシャツなんて、顔の色が明るく見えていいと思うのにな。
「俺の年齢になったら分かるよ。変に気を遣わずに、さっさと着なさい」
「分かりました、ありがとうございます」
「それと――」
渋い表情を浮かべて言い淀む姿に、自然と緊張感が増してしまう。普段からずばずば物を言う人だからこそ、こういう態度をされると逆に戸惑ってしまうんだ。
「井上さん、さっきのあれ……聞かなかったことにしてくれないか?」
「さっきの、あれ?」
オウム返しした俺の顔を周防先生は一瞬だけ見上げて、ふっと視線を伏せた。眉根を寄せながら、かなりつらそうな表情をありありと浮かべる。
「ほら……。王領寺くんがここに来たときに大声で言ってた、あれだよ」
「あー……あれですか」
――タケシ先生を俺にください――
「まったく。最近の若いのは、突然ありえないことを平気で口にするから。ふざけるのも大概にしろって感じだ」
「……確かにそうかもしれませんが、彼はふざけていたわけじゃなく、思わず本音が出てしまっただけではないでしょうか」
「何かね、君は彼の知り合いなのか?」
ますます機嫌が悪くなる周防先生に少しだけ困惑しながら、首を横に振った。
「いいえ。さっき出逢って、少し話をしただけの関係です」
「……だったら」
「客商売をしていたからこそ、数少ない情報から相手がどんな趣味趣向をしているか――変に勘ぐってしまうのが、クセになっていまして」
「この島では、いらないクセだろうな」
開けっ放しになっていたタンスの引き出しを両手で押して元に戻し、やれやれと呟いて背中を向けた周防先生。話しかけにくい雰囲気がそこはかとなく漂っているが、こんなものに負けてはいられないな。
「そうですね、この島でも。そして彼についてもです。周防先生、分かっているんですよね? 王領寺くんがいいコだっていうのが」
「…………」
「だけど息子さんのことがあるから、ムキになって認められない。本当に彼は素直でひたむきに、息子さんが好きなんだなって見ていて分かりましたよ」
千秋とはまた違う種類の、ピュアな心の持ち主だ。その健気さや甲斐甲斐しさを少しでも理解してほしいのだが、やっぱり難しいだろうな。親心ゆえに――。
「隣の和室で着替えさせてもらいますね、失礼します」
いそいそとその場を離れて隣の和室に入り、そっと襖を閉めた。てきぱき着替えていると、周防先生のくぐもった声が耳に聞こえてくる。
「……息子の将来を案じない親が、どこの世界にいるというんだ」
それはそれは、苦しそうな呟きだった。近い未来、俺も同じように千秋の家族を苦しめる存在となるだろう。
(――だが諦めたくない。俺は千秋と一緒に生きていきたいから)
「周防先生……」
着替えを済ませて襖を開けると、涙目になってる姿が目に留まった。
「なんだね?」
「こっち側からの意見、言ってみてもいいですか?」
「こっち側からの意見?」
「ええ。実は俺と千秋は兄弟じゃないんです。恋人同士なんですよ」
思いきって告げると、ひゅっと息を飲んだ音が伝わった。
先ほどとは違う眼差しが、すべてを物語っている。まるで異種族でも見る様な目つき。だがハーフに生まれた時点で、この目つきには慣れている。
どんな態度をとられても平気――千秋に嫌われなければ、どんなことでも耐えられる。
「井上さんと千秋くんが、そんな……」
「周防先生が、困惑するお気持ちも分かります。だけど好きな人と一緒にいられない未来なら、息子さんはご両親を捨てるかもしれません」
「え――!?」
「息子さん、周防先生に見た目だけじゃなく、中身も似ているんじゃないかという、そんな感じの印象を受けました。だから、そうなる可能性もあるんじゃないかと……」
言葉を濁しながら告げたら両拳をぎゅっと握りしめ、苦悶した表情を浮かべた。
「好きな人と一緒にいられないくらいなら、俺は死んだ方がマシですけどね」
思わず本音が零れた瞬間、後頭部に痛みが走る。――さっき殴られたのよりも、相当痛い……。
「医者の前で死ぬとか、縁起でもないことを言うんじゃない。ほら、行くぞ。患者が待ってる」
ぽかんとする俺を置いて、周防先生はさっさと診療所に戻ってしまった。
いつも通りの姿になったその様子を見ることができて、安堵のため息をついたのだった。
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