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残り火2nd stage 第3章:助けたい5

***  葵さんの手を引いてグラウンドに到着すると、ストレッチャーを囲む周防さん親子が目に留まった。  少しだけ離れた場所で立っている、穂高さんの隣に並んでみる。はぁはぁと息を切らす俺を見て、印象的に映る瞳を細めながら頭を撫でてくれた。 「大丈夫かい?」 「うん……何とか。葵さんは?」 「私は大丈夫です、千秋さんありがとう」  微笑み合う俺たちの耳に、緊迫した声が聞こえてきた。 「あ、その……いろいろ用意してくれてありがと。氷嚢とか、すっごく助かるわ」 「低体温療法だと聞いたからな、当然だろ。容態はどうなんだ?」  周防さんに聞きながらストレッチャーの上に置いてあった物を、康弘くんの体に沿って置いていく。ドラマで見たことのある救命救急を、目の前で見せてもらっている感じに見えるな。  それを眺めつつ、横目で王領寺くんの姿を捉えた。看護学生だと言った彼にとっても、すっごく勉強になるだろう。 「意識レベルが300ってトコ。心拍が再開して呼吸は水を吐き出したあと、激しく咳き込んだお蔭で再開したんだ」 「ということは、あまり水を飲んでいないな?」 「ああ、水に浸かって早々意識を失ったみたい。だから目を覚まさないんだと思う」 「井上さん、康弘はどんな状況だったんだね?」  質問の矛先がポンと穂高さんになされ、顎に手を当てて当時の状況を思い出すように、ぽつぽつと口を開く。 「俺が岩穴の中に入ったら、水の底に浮かんでいました。潜ってみたら、左足が岩に挟まっていて、両手を挙げて昆布みたいに漂って、プカプカしている状態というか」  言いながら両手を挙げて、フラダンスするようにそれを示すように動く。みんなには分かりやすいんだろうけど、緊迫したこの状況に、ないわーと思ったのは俺だけかもしれない。  そんな穂高さんの答えに周防さん達はふむふむと相槌を打ち、分かった風な感じで目配せする。  さすが親子、何か息ぴったりに見える。 「なるほどね。だから水を飲んでいなかったんだ、納得……。それよりもヘリは、あとどれくらいで来る?」  その問いかけに、周防先生が腕時計を確認した。 「もう間もなく到着だ。お前、乗っていくんだって?」  言いながら、王領寺くんに視線を飛ばす。 (何だか、すっごく困惑した表情で彼を見るのは、どうしてなんだろう?)  その疑問を聞こうと隣にいる穂高さんのシャツの裾を、くいくいっと引っ張ってみた。 「ん? どうしたんだい?」 「あの……周防先生と王領寺くん、何かあったのかなって」 「ちょっとね、込み入った事情があるようだよ。その件について、帰ったら話をしてあげるから。俺達の今後をまじえて、ね」  意味深な笑みを浮かべた穂高さんに首を傾げたら、周防さんの低い声が耳に入ってくる。 「……悪いけど一晩、アイツ頼むわ。躾はしてあるけど、駄目なトコは叱ってやって。だけど――」 「何だね?」  ぶっきらぼうな口調で言い放ち、鋭い眼差しで周防さんを見る。その視線を受けたせいか憂いを帯びた表情を滲ませながら一瞬目を伏せたけど、思いきって上げた顔はどこか勇ましさを感じさせるものだった。 「歩を、ぞんざいに扱ってほしくない。悪いのは俺なんだから、全部……」 「タケシ先生――」  その瞬間、近づいてくるヘリの音が聞こえてきた。 「親父、さっきのことさ……」  その音にかき消され、周防さんが何を言ったのか分からなかったけど、周防先生の目が充血していく様を、みんなで黙って見ているしかなかった。  だけどヘリが到着してハッチが開いたときには、ガラッと雰囲気が変わった。 「お待たせしました、患者の容態は?」 「呼吸脈拍ともに正常ですが、意識が戻りません。私、周防小児科医院院長の周防 武です。千秋くん、俺の鞄!」 「あっ、すみませんっ!」  ずっと、周防さんの鞄を手に持っていたのを忘れていた。駆け寄って渡すと、花が開いたような艶やかな笑みを浮かべる。  穂高さんとはまた違った意味で、周防さんもイケメンだ。変にドキドキしてしまった。 「葵さん、あとのことは任せてください。事情は伝えておきますので」  ヘリに乗り込んだ葵さんに声をかける穂高さんに倣って、俺も口を開く。 「康弘くんの面倒、きちんと見られなくてスミマセンでした」  すると、力なく首を横に振ってくれた。 「私の方こそ、いつも遊んでくれてお礼が言いたいくらいなのに。気にしないでちょうだいね」  最後にヘリに乗り込もうとした周防さんに、慌てた様子で王領寺くんが手を伸ばす。 「何を引き止めようとしてんだ、バカ犬が」 「あっ、あのぅ……。ちょっとだけ、お耳に入れたいことがありまして」 「何だよ、早く言えって」  イライラしながら言った周防さんの耳元に顔を寄せて、ヒソヒソ話をした途端に、王領寺くんの頭にかなり痛そうなゲンコツが飛んだ。    がつんって、音が鳴っていたよ……。 「おまっ、バッカじゃないの」  茹でだこの様に真っ赤になった周防さん。すごく恥ずかしかったんだろう、その後は何も言わずに自らハッチを閉めた。  飛び立っていくヘリを呆れた表情を浮かべた周防先生とニヤニヤしている穂高さん、まったくワケが分からない状態の俺と、頭を押さえて痛みを堪えている王領寺くんの4人で見送った。  両手を組んでお祈りながら、ヘリが見えなくなるまで空に視線を飛ばしていたら――。 「おい、診療所に戻るぞ。王領寺くん」  周防先生の乾いた声が、唐突に聞こえてきた。 「あ、はい……」  ちょっとだけ、おどおどした感じの王領寺くん。一緒に来ていた周防さんがいない家にお邪魔するのは、やっぱり気が引けるよね。足早に戻っていく周防先生の後ろを、少しだけ距離を置いてついていく感じが、それを示していた。 「周防先生、いいですね!」 「何がだね?」  帰っていく背中に、穂高さんが何故か声をかけた。さっきから意味深にニヤニヤしていたりと、ちょっとだけ気持ち悪い――他人にたいして、こんなに表情が豊かなのは珍しいな。 「息子がもうひとり、できたように見えるなって。そういう考えも悪くはないでしょう?」  穂高さんの言葉に、周防先生は後ろにいる王領寺くんを見た。 「・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・オトウサン」 「お父さんっ!?」 「ヒッ、すみません! 周防先生!!」  鋭い眼差しに何かを呟いた王領寺くんを、腰に手を当てて怒るその姿に慌てふためいて、頭をペコペコ下げさせる。  まぁ確かに、親子っぽい感じが出ているみたいだけど――。 「ぞんざいに扱ったら、息子さんに叱られますよ」  そのかみ合わないふたりの様子が可笑しかったのか、笑いながら言い放つ穂高さんに、俺は首を傾げるしかなかった。 「ふん、これも躾のうちだ。全然、躾がなっていないじゃないか。あのバカ息子め!」 「ぅ、すみません、すみませんっ!」 「あまり苛めたら、嫌われてしまいますよ。周防先生」 (穂高さん、もしかしてだけど周防先生のことを、わざと煽っていたりするのかな? さっきから変だよ――) 「嫌われて結構だ、放っておいてくれ」 「どんなことを言われても、嫌ったりしません。むしろ大好きです、お父さんっ!」  王領寺くんの台詞に、周防先生はぶわっと顔を赤らめた。それは息子の周防さんがヘリに乗り込む前に見せた赤ら顔と同じくらい、真っ赤な状態だった。 「お父さんと呼ぶな、このバカたれが! いい加減にしないと殺してやるぞ!」 「ひぇっ!? ちょっ!? ( ̄⊥ ̄ノ)ノ」  怯えまくる王領寺くんの首根っこをがしっと掴み、力任せにずるずる引きずって帰って行く。 「お医者さんが、殺すなんて言っちゃダメですよ!! 頑張れ~王領寺くん!!!」  吹き出しながら大きな声をふたりに向かって言う穂高さんを見上げたら、笑いすぎて涙で滲んだ瞳が俺を捉えた。 「助けたかったんだ、ヤスヒロの命と同じくらい。あのふたりの恋愛を、ね……」 「あの、ふたりの恋愛?」 「ん……周防さんと王領寺くん。彼らがここに一緒に来た理由は、ご両親への挨拶だったみたいだよ」 「!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?」  誰もいなくなった小学校のグラウンドに、俺の声が微妙にこだましたのだった。

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