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残り火2nd stage 第4章:あいさつ7

***  その後、3人仲良く並んで漁協に顔を出した。 お父さんの顔を見た瞬間、倉庫の中にいた人たちは揃って固まってしまった。  その後、互いに顔を見合わせて何て声をかけたらいいか困っている様子に、大丈夫ですよと言おうとした俺の口を一瞬早く、穂高さんが大きな手で塞ぐ。 「っ、ぷ!?」 「いいから千秋。黙って見ているといい」  どこか楽しげに、くすくす笑いながら言う。  隣にいるお父さんを見ると、俺が最初に逢ったときと同じく何も言わずに一歩だけ前に出て、周りを見渡しているだけだった。誰が話しかけてくれるんだろうかと、ワクワクした感じにも見える。  その内、みんなに押された船長さんが、頭をバリバリ掻きながら照れくさそうに歩み出てきて、しげしげとお父さんを見上げた。 「おい、井上。イタリア人って、英語が通じるのけ?」 「はい。通じますので、遠慮せずにどうぞ」  船長さんのいつもの威勢はどこへやら。頭に巻いていたタオルを外して、それをぎゅっと握りしめながら、恐るおそるといった感じで口を開く。 「えー……っと、なっ、ないすと、みぃーちゅーぅ! はーわーゆー? だっけか?」 「はじめまして、いつも穂高がお世話になってます」 「にゃっ!? 日本語が喋れるのけ? ひゃあー、おったまげたぁ。井上テメェ、はじめから日本語喋れるって、教えとけよ!」 「穂高、この方どちら様なのですか?」 「この人が俺のボスです。いろいろと丁寧に仕事の仕方を教わってます」  ニッコリ微笑みながら、説明した穂高さんだったのだが――。 「こちらからご挨拶しなければならないのに、大変失礼致しました。息子がお世話になっております。いろいろと申し訳ございません!」 「あ~、ええだ、ええだ。井上の不祥事は、いつものことだきゃらよ。そそっかしくて、目が離せない面白いヤツですわ」 「何ということでしょう……。瑞穂のそそっかしい所を、受け継いでしまったのでしょうか。父親として何と弁解すればいいのか」  大きな体をこれでもかと小さくして、隣にいる穂高さんを睨んだお父さん。その目は、マジで怖かった。  そんな目で睨まれているというのに、飄々とした態度を崩さない穂高さんが、ある意味凄いというか何というか。当事者じゃない俺がハラハラしてるなんて、正直なところおかしな話だ。 「ええがら、おとぉさんっ。頭を上げておくんなまし。それよか、たくさんのワインを貰って済まないねぇ」 「いいえ。息子が大変お世話になっておりますので……」  お父さんが漁協の皆さんへと、ワインを空輸で送ってきた。樽で送られてくるかもと心配したのだけれど、そこは気遣い上手なお父さんらしく、赤・白・ロゼの3種類のワインを瓶で大量に送ってくれたのだった。 「お礼にゃならねぇけんども、獲れたての魚介類を炭火で焼いてさ、バーベキューにしようってことになってよぉ。貰ったワイン引っ掛けて、パーテーだべ。ワッハハハ!」  豪快に笑いながら謙遜しまくるお父さんの肩を抱いて、船長さんは奥に連れて行く。最初に英語を話した時とは、まるで別人だ――。 「俺たちも行こうか、千秋」 「うん!」  手を繋いで歩きたかったけどそれができないので、できるだけ穂高さんの傍に寄り添い、並んで歩いた。時折互いの肩が触れあって、その度に目を合わせて嬉しさを確認してしまった。 「ほらほら、ふたりとも! 早く来んかね、焦げちまうよ!」  あたたかな島の人たちに囲まれて、ワイワイ楽しく過ごすことができた夏休み。それだけじゃなく――穂高さんと一緒に過ごしたはじめての夏休みは、思い出がたくさん作れた。  この思い出を胸に地元に帰っても、頑張って生活していこうと心に誓ったのであった。  残り火短編集番外編―花火―につづく

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