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―未来への灯火―2

*** (頬を撫でる風が、とても気持ちがいい――)  海上を走らせた船が小一時間で漁場に着く頃には穏やかだった海が、吹きつける風のせいで荒波になっていた。  ちょっとだけ頭痛を抱えていたものの、体温がいつもより高いお蔭でダルさを感じることなく、サクサクと仕事を進めることができた。 「井上ぇっ! 網を落としてくれ」 「分かりました!!」  レーダーのヒットしたところに網を投げ入れるべく、命令通りに海に向かって次々と網を投げ入れていたら。 「何だか今日はやけに動きがいいが、波がたけぇから気ぃつけろよ!」  珍しく船長が褒めてくれたので嬉しくなって顔を上げた次の瞬間、グラリと身体が大きく跳ねた。  風で煽られた上半身を何とかしようと下半身に力を入れて踏ん張ったが、船体が大きく揺れているので、全く踏ん張りが効かない状態だった。手にしていた網を放り出し、両手を大きく振ってバランスをとってみる。 「おっ、とっとっと!」  いつもならこの時点で身体を元に戻すことができるのに、風と波のせいでまったく上手くいかない。  これはヤバいと思ったそのとき、海に突き落とすような突風がビューっと吹き抜けて、簡単に俺の身体を真っ暗な海へと突き落とした。 「こら、バカッ! 何やっとんじゃ!!」  バシャンと落ちたそのとき、船長の声が耳に聞こえたのを最後に、ズブズブと海の中に沈んでしまった。 (身体が異常に重い――まるでスポンジが水を含んで、重くなったものに近いといったところか)  陸にいたときとは違い、やけに重たくなっていく身体に異変を感じた。何度となく船長の手で海に落とされているが、こんな経験は初めてだった。  必死に両腕を使ってもがいてみても一向に前に進むことがなく、海の底へどんどん飲み込まれていく。 「っ、息がっ……、どうして――」  目の前に映る船の明かりが、見る間に遠のく。それだけで一気に心細くなり、何とも言えない焦燥感にかられた。  海中をもがき苦しみながら左手を伸ばすと、薬指の指輪が偶然目に入った。か細い光に反射して、キラリと眩しく光り輝いた。 『穂高さん、お帰りなさいっ! 今日も大漁だった?』  毎朝に交わされる千秋との会話が、なぜだか頭に流れる。俺に向かって心底嬉しそうな笑みを浮かべたその顔が見られるだけで、漁の疲れが吹き飛ぶんだ。 『ただいま、千秋。粋のいい魚が、たくさん捕れたよ』  大漁であってもなくても、他愛のないそんな会話に幸せを感じた。たった数分の間に交わされる、なんてことのない会話なんだが――肌を重ねるように、俺にとっては大切なことだった。 「くうぅっ……、ううっ、グハッ!」  息が尽きた途端にあまりの苦しさで顔を歪めながら、身体を縮こませる。明日の朝、いつもの会話を千秋としなければならないと思っているのに――。  最後の力を振り絞り、海上に向かって必死に伸ばした左腕。薬指に付けている指輪が目の前でひと際輝いた瞬間に、俺は意識を手放してしまった。

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