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過去への灯火4

***  次の日、引きつるような腰の痛さでふと目覚めた。カーテンの隙間から差し込む光が目に眩しい。  目を擦りながら身体を起こして、横たわっている穂高さんの様子を眺めてみた。  苦しそうに呼吸をしていた昨日よりも穏やかな感じで息をしていて、高熱で赤みのあった頬も、いつもの見慣れた感じになっていた。 「良かった……」  船長さんと周防先生に改めてお礼を言わなくちゃなと思いながら席を立ち、診察室を出てお手洗いに向かう。用を足して洗面所で顔を洗い、ハンカチで水滴を拭ってから出ると、目の前に人影が――。 「あ、おはようございますっ!」  聴診器を首にぶら下げた周防先生が、キョトンとした顔で俺を見つめた。 「おはよう。診察室にいなかったから、てっきり帰ったのかと思った」 「いえいえ、黙って帰りません。一声かけてから帰ります」 「島の人間は基本、自由な人ばかりでな。ここを、自分の家のように使っているから。とりあえずこっちに来なさい」  俺の右腕をぎゅっと掴み、廊下を真っ直ぐに突き進んでいく。 「あ、あの周防先生?」  いきなりのことで、恐るおそる声をかけてみた。 「これから帰って自分で朝ごはんを作ってから、職場に行くのは大変だろう? 母さんが張り切って、君の分まで大量にご飯を作ってしまったんだ。済まないがそれを食べてから、自宅に戻ってくれないか?」  うわぁ……。穂高さんが急患で運ばれて迷惑をかけたというのに、俺までお世話になってしまうなんて。 「とんでもないです! 自分のことは何とかしますので」  恐縮しまくって言葉にすると、振り向いて眉根を寄せながら口を開く。 「言ったろう、母さんが大量にご飯を作ったって。俺ひとりじゃあ、さすがにあれは食いきれない。頼むから、助けると思って食べてくれ」  大量にって、どれくらいなんだろう。周防先生の表情から想像すると、相当な量のような気がするけれど。 「……分かりました。頑張ります」  渋々承諾したら掴んでいた腕を放し、にこやかな顔になった。もしや、今までのは演技だったのだろうか。 「井上さんの具合も安定したし、夕方には帰れるかもしれないな。心配なのは、怪我をした頭くらいだが。さあ遠慮しないで入ってくれ」  一緒に突き当りまで進むと引き戸があり、周防先生自ら開けてくれた上に、背中をぐいぐい押されて中へと足を踏み入れた。  ああ、診療所の中にご自宅がくっついているんだ。 「母さん、連れてきたぞ。もう用意はできているのか?」 「勿論よ。出勤の時間が分からないんですから」 「あのっ、おはようございます! お世話になります」  居間を通り抜けて隣にある部屋まで誘導されると、座卓の上には所狭しと料理が置かれていて、朝ごはんの準備が万端な様子に、深く頭を下げるしかない。 「おはようございます。遠慮しないでたくさん食べてね」  にっこりと微笑みながら、俺のことをじっと見つめてくる。さっき顔をしっかり洗ったけど、もしかして何か付いているのだろうか。  小首を傾げたら、ちょっとだけ驚いた表情になり、持っていたお盆を胸に抱きしめて、さっきの俺のように頭を下げてきた。 「あら、やだ……ごめんなさいね。井上さんとご兄弟って聞いていたから、似ているところを探してしまって」 (ああ、そうか。全然似ていないから見られていたんだ――) 「えっと深い事情がありまして、血は繋がっていないんです」  周防先生、奥さんにも隠してくれたんだ俺たちの関係。  後ろにいるその人に視線を飛ばしたら意味ありげな顔をして、ぷいっと明後日を向いた。 「出勤時間が迫っているんじゃないか。早く食べた方がいい」  ぶっきらぼうな感じで告げて、逃げるようにその場を後にした周防先生に小さく会釈をしてから、目の前にある座布団の上に座る。  テーブルの上に並べられた心のこもった料理に舌鼓を打ちながら、あたたかい対応をしてくれた周防先生や奥さんに感謝したのだった。

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