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急転直下

 この日の夕方、穂高さんと一緒に自宅に帰れることになった。  頭の傷によるふらつきや目眩などの症状がなかったので、安心して自宅養生するにあたり、俺のマスク着用とうがい手洗いをしっかりすることを条件に帰してもらえたのだけれど――安定というか、すんなりといかないのはお約束だったのである。  職場にかかってきた周防先生からの帰っていいよという電話を受けて、仕事が終わったらそのまま真っ直ぐ診療所に行こうと考えていた矢先に、またしても俺宛てに電話がかかってきた。 「紺野くん、外線一番の電話。漁協のフミさんからねー」  船長さんじゃなくフミさんからの電話に、どうしたんだろうと思いながら受話器を取る。 「もしもし、千秋です」 「あ~、忙しいトコ済まないねぇ。溝田さんから聞いたがらさ、井上さが風邪ひいて海に落っこちたって」 (――ああ、もう漁協の内部に知れ渡ってしまったんだな) 「そうなんです。ご心配をおかけしましたが、夕方には自宅に帰れることになりまして」 「そうかぁ、それはよがったな。しっかしあんなに図体のデカい男が風邪に倒れるところが、いまいち想像つかねぇわ。アハハ!」  心配そうな声が明るいものに変わり、大笑いするフミさんにつられて俺も笑ってしまった。 「風邪といっても今回はインフルエンザだったので、倒れてしまったんだと思います」 「そうそう! 周防先生がさ、井上さに近付くなって言ってたがらよ、みんなが持ち寄った見舞いの品がたぁくさん、漁協の事務所にあるんだわ。千秋ちゃん悪ぃけど、仕事が終わったら取りに来てくれんべか?」  その言葉に、自分が寝込んだときに戴いた見舞いの数々を思い出した。買い物をしなくても、一週間もってしまった量だったっけ。 「分かりました。終わったら寄らせてもらいますね」 「頼んだよ。したっけな!」  念押しして切られた受話器を手にしたまま、ちょっとだけ考える。  穂高さんを連れて漁協に顔を出すわけにはいかないから、俺ひとりで行くのは当然なんだけど、一往復で持って帰れる量だろうか……。  みんなが持ち寄った見舞いの品という言葉で、ものすごい数になっているのが容易に想像つくだけに、困り果ててしまった。  まずは帰る前に診療所に電話をして遅れることを告げてから、漁協に行ってお見舞いの品を確認してみようと考えついた。

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