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急転直下4
***
(猛烈に恥ずかしいよ。まじまじと見つめないで欲しい……)
結局、穂高さんが最初に提案したものをすることになってしまった。他のものは記録として残ってしまうから、絶対にやりたくなかった。
俺には選択権なんて最初からないに等しい状態だったので、本当にもう仕方なく涙を飲んでそれを受け入れたんだ。
全裸の俺はベッドの上で、いつものようにタオルケットを敷いてスタンバイする。手には、いつも愛用しているボトルを持っていた。
ベッドの下で座ってこっちを見ている、穂高さんの視線を背中に感じて、頬を染めていると思われる。頬だけじゃない、顔全部が熱くなっている状態――。
「千秋、俺はいないと思ってはじめてくれ。さぁ、どうぞ!」
「……無理ですよ。穂高さんの視線が、ぐさぐさっと背中に突き刺さってきてますもん。気にならない方がおかしいですって」
ちょっとだけ振り向きながら渋い顔で告げた途端に、ソロリと腰を上げる。
「そんなに気になるのなら、いっそのこと間近で見てあげようか?」
「ダメですって。これ以上近づかないでくださいっ。はじめられないですよ」
「千秋の下半身が、準備OKなのは知ってる。何もしていないのに、ね――」
「ううっ!」
上げかけた腰を戻しながら、ずばりと指摘されてしまった下半身の事情に、更に赤面するしかない。穂高さんに見られるだけで反応しちゃうなんて、何も言えないじゃないか。
「いつまで経ってもはじめないのなら、君の手首を掴んで俺が強引にはじめてしまうかもね」
「今すぐやるんで、そこで黙っていてくださいっ!」
脅しともいえる言葉に、慌ててボトルの中身を出して指に付ける。背中を丸めて、そろりそろりと後孔の入り口に塗り付けた。
(俺が背中を向けているとはいえ、ヤってるのが見たいなんて、何を考えているんだろう……)
背後を気にしつつ、ゆっくりと人差し指を挿れてみた。
「んんっ!」
ぬるりと侵入する指の存在を感じただけで、何とも言えない快感が下半身を襲う。いつもより感じているのは、穂高さんに見られているせい? いやきっと、久しぶりだからだよな。
すごく恥ずかしいのに火が付きはじめた身体は快感を求めて、奥深くまで人差し指を飲み込んでいく。何度か抜き差しし、息を切らしながらベッドに横たわった。
「ぁ、あっ……はあはぁ、ぅあ――」
もう一本指を増やして内壁を擦り上げてみたら、がさりと衣擦れの音がした。振り返ると目をぎらつかせた穂高さんがスエットのスボンを素早く脱ぎ捨てるなり、勇んでやって来るではないか。
「こ、こっちに来ないで。近くで見てほしくない、やっ!」
やだという言葉を飲み込むように、荒々しいくちづけが俺のくちびるを塞いだ。
「ふぅっ、んんぁ……ほらかさ、んっ」
ギシッ!
俺の上半身を抱きしめつつ、奪うようなキスをする穂高さんの重みでベッドが軋んだ。重なる素肌から伝わってくる熱が、妙に心地いい。
「千秋、感じてる顔、もっと見せてくれ。声も聞かせて」
耳元に告げられた低い声色は、俺が拒否できないものだった。甘い吐息を漏らしながら更にもう一本、自らの指を増やしてしまった。
「んんっ! 恥ずかしぃよ……。ぁあ、あっ、そんな目で……んっ、じっと見ないで」
「羞恥心に身を震わせる千秋もいいが、やはりそれを忘れて感じるところが見たいな」
上半身を抱きしめていた腕を解くと足元に移動し、無理矢理に両膝を割ったと思ったら――。
「あっ……や、だぁ……っ!!」
いきなり俺自身を咥えて上目遣いをしながら、わざとらしく音をたてて上下するなんて。
「あっ、はぁっ……穂高さ……ゃぁぁぁんっ!!」
後孔にあてがっている快感で力の抜けかけた手首を掴み、強引に弄りはじめる。
俺自身が感じるように、ぬるりと這わせられる舌が裏筋を包み込むせいで、一気に膨張していくのが分かった。力任せだと思っていた手首の動きも、徐々に俺の感じる部分に目がけて擦っていく動きに、身体を震わせながら息を切らすしかない。
「あぁっ、はぁん! きもちい……っ、あ、あぁぁぁぁ」
じりじりと堰を切るように身体の中にある熱が、一点に集中していく。こうなってしまったらもう、それを吐き出したくて堪らなくなる。
穂高さんの動きを補助するように腰を激しく上下したら、俺を見つめる闇色の瞳が嬉しそうにすっと細められた。
「…あっ! …ひぁぁぁ!!………あっ、はぁう……ひっ、イ、イクぅっ!!」
腰を高々と上げた瞬間、左膝が穂高さんの頭を直撃した。その衝撃で口から外れた俺自身から、勢いよく白濁が放出される。
「ぁあ……。はぁはぁ、ご、ゴメンなさ――」
「駄目じゃないか。折角、千秋の一番搾りを飲もうとしたのに」
一番搾りって、あのぅ……。
ちょっとだけ顔を引きつらせて起き上がったら、口を尖らせた穂高さんが俺の膝を叩く。よく見ると白濁が、べっちょりと頬に付いているではないか!
「うわあぁっ! ゴメンなさいっ、今直ぐに拭いてあげるから」
カッコイイ顔を穢してしまったことにどぎまぎしつつも、ベッドヘッドにある箱ティッシュを手にして振り返ったら、手の甲でさっさとそれを拭い、ぺろっと舐めてしまった。
「今拭こうとしたのに、舐めちゃうなんて」
嬉しいやら恥ずかしいやら。微妙な気持ちで穂高さんを見つめると、何を言ってるんだという表情を浮かべた。
「こうした方が早かったしね。千秋の身体に付いてるのも、舐めとってあげようか?」
「そんなのしなくていいですって……。うわぁ」
手にしている箱ティッシュから慌てて数枚引き抜き、あちこちに付いている白濁をふきまくるしかない。
正直なところ、自分ひとりでイクのは嫌だった。イクなら、穂高さんと一緒にイキたかった。ちょっとでも余裕があったら、イク瞬間の穂高さんの顔を見つめるんだ。
俺ので気持ち良くなった彼から放たれる雰囲気は、俺自身を高めてくれるだけじゃなく、愛情がこれでもかと駄々漏れしていて、幸せを感じることができるから。
「穂高さんの身体には付いてない? 大丈夫?」
俯いていた顔を上げると、凝視している穂高さんの視線と絡んだ。どこかうずうずしているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。
「千秋……」
「ぉ、俺だけ気持ちよくなってゴメンなさい。お詫びに穂高さんのを咥え――」
「そんな必要はない」
いつもより低くて艶っぽい声が、俺の心をざわつかせた。
こういうときの穂高さんは容赦しないで、がんがん責めたててくる。最初からワガママを言った時点でこうなることが、どうして予測できなかったんだろう。
俺ひとりでヤるんじゃなく穂高さんも一緒にしていたら、こんなことにならなかったかもしれない。と今更考えても、手遅れなんだけど……。
手にしていた箱ティッシュを唐突に奪い、ひょいと床に放り投げてから、息を荒立てながらにじり寄ってくる。そのただならぬ気配が、俺の身体をびくりと竦ませた。獰猛な肉食獣に襲われる前の、ひ弱な草食獣の気分。
「あ、あのね穂高さん」
「舐めとった千秋のアレ、すごく美味しかったよ。色っぽい今のその表情も、とても美味しそうだね」
「えっと……ほどほどにしないと、明日の仕事に影響するかもよ?」
お願いだから嬉しそうな顔で舌なめずりしながら、近づかないでほしい。いろんな意味でドキドキが止らない。
互いの素肌が触れ合った部分がちょっと擦れただけで、ぞくりとした快感になって、甘い吐息が自然と漏れてしまう。
「俺の、千秋……」
捕まえたといわんばかりに両手で顔を掴んだのに、触れてきたくちびるはとても優しいものだった。壊れ物を扱うようなその動きにのせいで、もどかしさが募ってしまう。
「ぅ、あっ……もっと、して。ほらか、さんっ」
「何をだい?」
くちびるのすぐ先で訊ねられた意地悪な質問に対して、眉根を寄せたというのに、余裕綽綽な面持ちでやり過ごされてしまった。
「分かっているだろう、そんな顔しても俺には通じないって」
「だって……」
「素直に言ってごらん。叶えてあげるよ」
穂高さんの発する美声が耳だけじゃなく、身体の中にじわりと沁み込んでいく感じがする。どんな無理難題を言っても、彼なら何とかして叶えてくれるような、そんな気がした。
インフルエンザで体調が悪かったというのに、海に落ちても戻ってきてくれた愛しい恋人――俺がいつも想っている、傍にいたいという願いが届いているせいなのかな。
穂高さんの広い背中に両腕をぎゅっと絡ませて、その存在を改めて感じとってみた。元気になってこんなに傍にいるのに、何故だか鼻の奥がつんとしてしまう。
「……キスして」
思わず、声が震えてしまった。
「キス、ね――」
くちびるに強請ったはずのキスが、頬にちゅっと落とされる。
「そこじゃなく!!」
両腕に力を入れて穂高さんの身体を自分へ更に密着させたけど、俺の力じゃビクともしない。
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