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急転直下5

「千秋、どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだい? お蔭で、手が出せなくなってしまったじゃないか」 「だって……だってこれは、悲しいんじゃなくて――っ」  自分の感情をうまく伝えられなかった俺は、ちょっとだけ起き上がって目の前にある穂高さんの肩口に、はぐっと咬みついてみた。 「くっ!?」  穂高さんみたいに綺麗な痕はつけられないけれど、いつもより強く咬む行為を黙って受け入れてくれる。言葉にしなくても伝わる想いがあるのなら、今こうしているだけで伝わるといいな。 「はぁはあ……。ごめんな、さい。痛かったでしょ?」  そこにはくっきりとした咬み痕が、皮膚の上に残っていた。 「全然。千秋の気持ちが、じわじわ伝わってきているよ」  すごく痛いはずなのに、柔らかい笑みを浮かべる。つられて笑いかけてしまった。  はじめて彼に咬まれたときの痛みを、今でもはっきりと覚えている。だからこそ手加減しようと思ったのに、そんな余裕はなかった。  もどかしいな。穂高さんを想う気持ちを何とかして伝えたいのに、こんなことでしか伝えられないなんて。  目の前にある穂高さんの顔をじっと見つめていたら、唐突に左手を掴んで薬指にしている指輪にキスを落とした。 「君が俺のことを強く想ってくれるから、ここに戻ってこられたんだ。こうして抱きしめることやキスすることができるのは、千秋のお蔭なんだよ」 「穂高さん?」 「海に落ちて、異変にすぐ気がついた。いつものように這い上がろうとしたのに、身体が鉛のように重くてね。苦しくてもがいたとき目に留まったのは、この薬指につけた指輪だった」  瞳を細めながら、愛おしそうに俺の左手に頬擦りする。 「船からの灯りが反射して偶然光り輝いただけなのに、それがやけに目に焼き付いた。だから瞬時に思ったんだ、千秋のもとに何としてでも帰らなきゃって」 「うん……」 「その後、意識をなくした俺が自力で戻ってきたのを船長から聞いたときは、とてもびっくりはしたけどでも――火事場の馬鹿力というのだろうか」 「何か、分かるような分からないような」  穂高さんの言葉にクスクス笑い出してしまったのは、しょうがないと思う。彼らしい表現だと分かっていても、笑わずにはいられない。 「ん……。そうやって笑っている顔が見たいと思ったのと、悲しませてはいけないという気持ちと、いつもの日常を過ごさなければという、義務感みたいなものがあったせいかな。無意識にでも、自力で戻ってきたんだと思う」 「穂高さん――」 「陸(おか)で光り輝く君がいるから、それを目指して帰ってきたよ。俺の灯火、千秋……」  頬擦りしていた左手を首にかけて、端正な顔が寄せられる。ちょっとだけ伸びている前髪を右手で触れて、その顔をよく見えるようにしてみた。  美人は三日で飽きるっていうけれど、穂高さんの顔を毎日見ていても飽きは全然こない。むしろ愛おしさが募っていく。 「俺の顔を見て、何をそんなに嬉しそうにしているんだい?」  照れ隠しをするように、俺のまぶたにくちびるを押しつけてきた。これじゃあ、穂高さんの顔が見られないよ。 「今だけ見ることができる、穂高さんの顔が見たいのに」  ちょっとだけ拗ねたら闇色の瞳が少しだけ見開いたけどすぐに細められ、同じだねと小さな声で呟いた。 「何が同じなの?」 「俺も見たいと思ったから。この瞬間にだけ見ることのできる、千秋のいい顔を、ね――」 「ぅ、っんっ!?」  いい顔が見られると言いつつもくちびるを塞いできたせいで、穂高さんの顔のすべてが見られなくなってしまった。それでもキスをされながら薄っすらと目を開けて、ちょっとだけ見えている表情を拝んでみる。  瞳を閉じてちょっとだけ眉間にシワを寄せて、俺を感じさせようと喘ぐような呼吸をしながら舌を絡める。イったばかりだった俺自身が、見る見るうちに回復するようなものを仕掛けてくるなんて、本当にズルイ。  前髪に触れていた右手で強引に、穂高さんの顔の角度をちょっとだけ変えてみた。俺だって穂高さんを感じさせてやるんだ。  絡められている舌を彼の口内に、ぐいっと割り込ませた。舌先を使って、歯茎をゆっくりとなぞってみる。自分がされて感じたことを、ただやり返しているだけ。  結局真似をする形になるけれど、感じてくれるだろうか――。 「ああっ…ちあ、きぃ……」  鼻にかかったような甘い声が、時折漏れ聞こえた。すかさず、じゅぶじゅぶと音をたてて、激しく舌を出し入れしてみる。  下にいる俺がこんな風に穂高さんを感じさせるなんて、いつもと逆なんだけど、やっぱり好きな人を感じさせてみたいっていう欲求には、どうにも逆らえない。  感じさせて、どんどん溺れさせてあげる――もっともっと好きになって、穂高さん。どんなことがあっても、絶対に俺のところに帰って来て欲しいから……。 「んっ、んぁっ…まっ、待ってくれ千秋。はぅ…感じ、させす、ぎっ」  逃げようにも俺が穂高さんの髪の毛を掴んでいるものだから、されるがままでいる状態だけど、実際は俺自身もそんなに余裕がない。  感じている穂高さんの声を聞いているだけで自然と感じてしまって、前と後ろの下半身がうずうずしていた。身体が火照って、どうしようもない。だから感じさせるだけで、いっぱいいっぱいなんだ。  少しでもいいから、穂高さんが見せるような余裕のある表情をしてみたいって、いつも思ってしまう。 「コラ……。待てと言っているそばから、もっと感じさせようとするなんて千秋。君には少し、お仕置きをしなければならないな」  髪の毛を掴んでいた手を握りしめ、上からぎゅっと圧力をかけてきた。その力の強いこと――。 「うっ、痛いよ穂高さん」  手をパーにして、顔を渋々解放してあげた。 (もしかしてこれがお仕置きになるのかな。普段痛いことなんて、したことがないから) 「気持ちイイことをしてくれた千秋に、たっぷりとお仕置きをしなければね。ふっ……」    それはそれは低い声色で告げたと思ったら、口元に艶っぽい笑みを浮かべて、じいっと顔を覗き込み――。 「んんっ!? なっ、何っ?」  穂高さんの指が何の前触れもなしに、俺の後孔へずずっと侵入してきた。多分、縦方向に二本ほど。 「……ちゃんと解れているか、チェックしなければ」 「そんなのっ……俺がっ、ちゃんとしたの、ううっ……すぐ傍で見てた、のにぃ」  入り口付近をそれはそれはご丁寧に、撫でるように擦るなんて。もどかしくなってしまうじゃないか。 「ひぁあっ、うっ……ぬ、抜いて! あ、んっ……だめぇ」 「ああ、そうか。ここじゃなくて、ここだろうか」  感じている恥ずかしさで、顔がぶわっと熱くなっていく。そんな俺を嬉しさを滲ませた瞳で見つめながら、更に指を奥に挿れていった。 「もっ、ダメって言ってるのに……やめ、てっ、そこ、は……あっあっ、ぁあっ!」  俺の感じるところを、ここぞとばかりに弄り倒してくる。腰が勝手に揺れてしまうよ。 「喰い千切りそなくらい、すごく締めつけているよ千秋。俺のが欲しいかい?」 「ほ、ほしぃっ! 穂高さんの大きいの、っ、ちょうだいっ……はっ、早く」

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