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急転直下8

***  穂高さんが全快して仕事に行くようになってから、いつもの日常が取り戻された。  でも一部だけ、変わったことがあったんだ。 「ただいま、千秋っ!!」  扉を開け放ちながら大きな声で家の中に入ってくる穂高さんに、食器を手にしたまま振り返る。ちょうど朝ご飯を食べ終えて、台所に洗い物を運ぼうとしていた矢先だった。  以前は俺が農協に行く直前に帰って来ていたのを、一時的に30分だけ早めに帰れるようにしてほしいと、穂高さんが船長さんに頭を下げて頼み込んだという。  兄弟じゃなく恋人というのを知られたからこそ井上のヤツに強く頼まれてしまったと、船長さんが苦笑いしてあとから教えてくれた。  今回のことですっごくお世話になったので、出身地の酒蔵から地酒をネットで取り寄せて昼休みを使い、周防先生と船長さんにそれぞれお届けしたんだ。 『医者として、当然のことをしたまでだが』と言いつつも、喜んで地酒を手にした。 「自分を含めて、穂高さんの体調管理にも気を付けます」  言いながら一礼した途端に、カラカラ笑い出す。 『君たちは恋人というよりも、親子みたいじゃないか。しかも千秋くんの方が、断然親に見える』  なぁんて指摘されてしまい、照れていいのか呆れていいのか困ってしまった。 『しかも体調管理に気を付けると言いながらも、目の下にクマが薄っすらと見えるのは、どうしてなのか……。ここのところの台風のせいで波が高くて、漁がお休みだったせいか?』 「え、えっと!?」 『やめてくれなんて、千秋くんの口からは言いにくいだろう。俺から助言しておてやる。ほどほどにしとけって。ちょっと、診療所の中に入りなさい』  片手には一升瓶、もう片方の手は俺の右腕を掴むなり強引に診察室へと引っ張られ、周防スペシャルという疲れによく効く注射をされてしまった。  何気にさらっとすごいことを言われたせいで、反論とかいろんなものがぶっ飛んでしまったところに、元気になる注射をされてしまった俺っていったい。  それでも穂高さんとの関係を船長さんと周防先生は嫌な顔を全然せずに受け入れてくれたことは、有り難いとしか言えない。普通なら、嫌悪される種類のものなのに――。  ぼんやりと職場のデスクから、周りを見渡してみる。  目の前にいる一緒に働いている職員さんだけじゃなく、島の皆にバレてしまったら、こんな風にのん気にしてはいられないだろう。今まで以上に、気を引き締めて生活していかないと。  気合を入れ直すべく緩みかけているネクタイをきゅっと引き上げて、頬をパシパシっと叩き、パソコンに向き合ったときだった。 「千秋くん、外線一番に電話だよ。お父さんから!」 「は?」  いつもおやつをくれる仲のいい職員さんが、ニコニコしながら電話を指差す。

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