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急転直下9
「『いつも息子がお世話になっております』って、渋い声で喋ってきてね。いい声しているなぁ、千秋くんのお父さん」
(どうしてお父さんが、ここに電話をしてきたんだ!?)
「あの……職場なのに私用の電話…すみませ、ん」
頭が一気に混乱したせいで、焦りまくってしまう。受話器を取るのが、こんなに恐怖を感じるものになるとは――。
「いいからいいから。離れて暮らしてる息子を心配して、わざわざかけてきたのかもねぇ。遠慮しないで、早く出てあげなさい」
「はい、すみません……」
急かされてしまったので直ぐに出なければと、震える手で受話器を握りしめた。意を決してから一番のボタンを押す。
「もしもし……千秋です」
緊張感丸出しの硬い声色で話しかけてしまった。耳に最初に聞こえてきたのはお父さんの声じゃなく、ザザーンという大きな波の音で、聞き覚えのあるそれにもしかしてという考えが頭を過ぎる。
「もしもし。今、島行きの船に乗っている。たまたま北海道に行く仕事があったから、ついでに寄ってみようと思ってな」
「そうですか」
(――やっぱり。こっちに向かって来ているんだ)
「ただ見に来ただけだから、勝手に見て直ぐに帰る。だから顔を出さなくていい。以上だ」
まくしたてるように言い放ち、俺が返事をする前に切られてしまった。
この時間帯のフェリーに乗っているのなら、午前中の便だろう。直ぐに帰るって、午後の便でトンボ帰りをするわけか。
顔を出すなと言われても今日は締め日なので、仕事を抜け出すことができないけれど。
「すみません。私用の電話してきます。直ぐに戻りますので!」
周りに声をかけてから立ち上がり、事務所を出てそのまま外に飛び出した。
建物の裏側に回ると、青い海が目に映る。天気が良いから、いつもより青さに深みがあるな。頬を撫でる風が気持ちいいくらいだ。
同じ景色を眺めながら、お父さんはここに向かって来ているのか……。
ポケットに入れていたスマホを取り出し、深呼吸をしてから穂高さんにコールした。この時間なら、寝ているかもしれない。
電話で起こしてしまう申し訳なさを感じていると、無機質なコール音のあとに、愛おしい人の声が耳に聞こえてくる。
「もしもし千秋……珍しいね。仕事中なのに電話をくれるなんて。さてはミスでもして、こっぴどく叱られたのかい?」
寝起きのような声色なのに咄嗟に俺のことを考えてくれるなんて、優しすぎるよ穂高さん。
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