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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り4
***
事務所で頭をきちんと冷やしてから店舗に顔を出したときに、もう一度竜馬くんに謝った。
「大好きなアキさんがそんな顔してるの、あまり見たくないからさ。俺ができることがあれば、遠慮なく言ってほしいな」
ちゃっかり自分の気持ちを吐露しつつ優しい言葉をかける竜馬くんに、ありがとうとひとこと言って、その日はやり過ごした。
(友達としての好きなら、こんなふうに複雑な気分にならずに済むのにな――)
そう思いながらバイトを終えてコンビニから出た瞬間、ポケットに入れてたスマホが振動する。慌てて手に取って画面を見た。
「……穂高さん」
漁の休憩と俺の帰る時間が、上手く重なったのだろうか?
ちょっとだけ息を吐いて重たい気持ちを払拭してからタップし、耳にあてがった。
「もしもし? 穂高さん?」
「バイトお疲れ様。千秋」
電話の向こう側にいる穂高さんはとても晴れやかな声をしていて、それを耳にした瞬間、今日の疲れが吹き飛んでしまった。
竜馬くんのひとことでトゲトゲした自分が、バカらしく思えてならない。
「穂高さん、今、大丈夫なの?」
「ん……。今日は昼から、海が時化(しけ)ていてね。波が高いから、漁は中止になったんだよ」
「わざわざ起きて、俺の帰りを待っていてくれたの?」
毎日かけてくれる穂高さんからの電話――竜馬くんのことを伝えられない関係で心苦しいところがあれど、こういうことをされちゃうと無条件に、胸の中があったかくなってしまう。
「一応寝ようと思って、ベッドには入ったんだ。でも隣に千秋がいないと、どうも寝つきが悪くてね。ひとりでいると君の声が聞きたくって、堪らなくなるんだよ。参った……」
「そりゃ俺だって、穂高さんの声を聞いていたいけどさ。でも休めるときは、きちんと休んでおかなきゃダメだよ」
背筋をピンと伸ばして、足早に歩いた。参ったと言ってる穂高さんの声に、思わず笑みが零れてしまう。
「分かってはいたんだが、どうしても千秋にお疲れ様が言いたくて」
まるで駄々っ子みたいなセリフの羅列ばかりで、唇に笑みが浮かんでしまう。
「ありがとう。すっごく嬉しい」
「俺も嬉しいよ、千秋の元気な声が聞けて。そっちに帰ってからどことなく千秋らしくなくて、心配していたんだ」
(あ――……)
「千秋……千秋。島で過ごした夏休みは、君とずっと一緒にいたからね。こうやって離れてしまうと、いろいろ思い出して切なくなってしまって。俺もどこからしくないのを、船長に指摘されてるから。千秋もそうなのかな、と」
心配しているという言葉に詰まって、何も言えずにいる俺を気遣い、噛みしめるように柔らかく俺の名前を呼ぶ。
「もぅ、やっぱり穂高さんには、全部お見通しなんだなぁ。隠し事が出来ないや、ハハハ」
竜馬くんのことを言うなら、このタイミングがいいのかもしれない――。
だけど言えないよ。俺がいなくて不安定になってる穂高さんに今、竜馬くんに告白されたことを言ったら、間違いなく仕事を放り出してこっちにやって来るだろう。ただでさえ船長さんに迷惑をかけているのに、そんなことをさせられない。
「穂高さんとふたりで、いろんな思い出を作ったもんね。貰った写真を寂しくなったときに見てるだけで、その……。一緒に過ごした出来事を鮮明に思い出すから、胸が痛くなってしまったり――」
「千秋……ち、あきっ」
震えるような吐息と一緒に、俺の名を呼ぶ穂高さんの声が妙に艶っぽい。
「穂高さん?」
違和感ありまくりのその声に、首を傾げながら足がぴたりと止まってしまった。
「ぅ……。千秋、君を抱きたい。この腕の中に抱きしめて、ひとつになりたい、よ」
泣いてるのとは違う息遣いに、それが何を意味するのか理解するまでに、そう時間はかからなかった。
分かった途端にうわぁと戸惑ってしまい、辺りをキョロキョロ見渡してしまう挙動不審な俺。
スマホから聞こえてくる穂高さんの荒い吐息だけで、ぶわっと身体が熱くなり、下半身が反応してしまった。ここは外で、自宅まで距離があるというのに。
「ねっ、千秋……なにか、喋ってくれ……んっ」
「ななな、な何か喋れと言われても。俺……まだ外にいる、のに」
穂高さんに強請られたところで、マトモなことが言えないでいる――慌てふためく俺の頭の中には、竜馬くんの告白を言ってしまえと言ってる、もうひとりの自分がいた。
だけど俺の声をオカズにしてる穂高さんに、そんな衝撃的な事実を言えるワケがない!
「ふっ、声が掠れてるよ千秋。可愛いね」
「それはっ! その……穂高さんが変なコト、いきなりするから。うつっちゃった、みたいで」
声を押し殺し、モジモジしながら歩くしかなかった。立ち止まっているだけで変に思われても困るし、丈の短いシャツを羽織っているから、下半身が隠せない事情で早く帰るしかない。
「ハハッ、うつったってそれは外なのに大変だね。家まであとどのくらい?」
「えっと、3分以上はかかるかと」
「3分か。悪いが俺はもたないな。ベッドの中で君の声を聞いた瞬間、勃ってしまってね。まるで傍にいるような錯覚を覚えて、しまって、くっ……」
「穂高さん、あのっ!」
穂高さんの切ない声を聞いていたら、喉の手前まで竜馬くんのことがぐっと出かかった。
「ち、あき?」
切羽詰った声に何かを察し、いつものように名前を呼んでくれる。
この1ヶ月間弱、言えないでいるのはすごく辛かった。毎日かけてくれる穂高さんからの電話がすっごく嬉しいのに、切ったあとで後悔の念にとらわれて、言葉に言い表れられないくらい辛くて堪らなくて――。
「穂高さん、あのね……あの、ね、その……悪いんだけど。ぅ……」
「ん?」
「イクの、我慢して……。俺が家に着くまで。あと、もう少し、だから」
奥歯をぐっと噛みしめ、アスファルトを蹴って駆け出した。自分の事情は横に退けて、この時間に穂高さんが電話をしてきた理由を頭の隅で考えたら、見えてしまったんだ。
竜馬くんとのやり取りで気持ちが沈みきってしまい、のろのろと着替えたせいで、いつもよりコンビニを出る時間が遅かった。だけど穂高さんの中ではきっと、もうすぐ家に到着するであろう時間に、電話をかけてくれたんだと思う。
「穂高さんっ、一緒にイキたい……よ」
多分、穂高さんのお願いはコレだと導き出したから、息を切らしながらだったけど、何とか告げてあげた。
「千秋……ありがと」
穂高さんから強請られるモノは、いつも困ったモノが多い。だけど、どんな願いでも叶えてあげたいんだ。自分の事情を後回しにしてでも――。
「もう少しで、着くからっ……はぁはぁ、もう、少し!」
大好きなんだ、穂高さんが。だから……。
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