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Final Stage 第2章:必要のない思い遣り7

*** 「だけど人の心は、移ろいやすいから。心変わりさせるキッカケを作って、アキさんを奪ってみせます」  険しい表情を浮かべて強気の発言をした竜馬くんを、ハラハラしながら傍で見つめるしかできなかった。  電話に出た当初はすっごく弱々しかった竜馬くんが、途中からガラリと態度が変わっていくとともに、会話の内容もエスカレートしていった。  竜馬くん側の内容しか分からないから何とも言えないけれど、穂高さんが挑発するようなことを言ったとは思えない。「俺の千秋に近づいてくれるな」とか、それに似たような言葉で止めに入っているはずだと思う。 「ぁ、あのね、竜馬くん……」  耳からスマホを外して俯いたままでいる彼に、そっと声をかけてみた。  穂高さんとやり合った後なので、間違いなく興奮しているだろう。余計な話をしないで、さっさとスマホを返してもらおうと考えた。 「そろそろスマホ、俺に返してくれないかな? もうすぐはじまる講義に行かなきゃならないし」  ごくりと唾を飲み込んでから、恐るおそる口を開いた。  次の講義は休講だったけどこう言えばすぐに手渡してくれると思い、アピールするように付け加えてみた。それに竜馬くんとふたりきりでいることも上手く回避できるという、一石二鳥のアイディアだった。 「ゴメンなさい、アキさん。電話が終わったら、一気に力が抜けちゃって」  謝りながら1歩近づいてきた竜馬くんに向かって、右手を差し出した。その手にスマホを、載せてくれると思った。 「わっ!?」  何の挙動もなく、いきなり抱きつかれてしまった。 「イヤだっ!! 放してよ、竜馬くんっ!」 「アキさんの中にある心の隙間に絶対に入り込んで、井上さんから奪ってあげる」 「やぁっ! 耳元で喋らないで。いい加減、腕を外してって」  身長差が少ししかないから耳元で喋られると、吐息がダイレクトに耳に入ってきて、否応なしに感じてしまう。抵抗する力まで抜けてしまうくらいに。 「へえ、耳が弱いんだ。それにすっごく可愛い声を出すんだね。乱れたアキさんの姿、見てみたいな」 「お願いだから解放してよ。これ以上、何かしたら嫌いになるから」 「分かった、嫌われたくないし。だけど覚えておいてほしいんだ」 「…………」 「アキさんを想うたびに気持ちがどんどん加速していって、止まらなくなるんだってこと。すごく君のことが好きだよ」  言い終えた後、名残惜しそうに腕を放してくれた。どんなに気持ちを告げられても残念だけど、俺の心は揺らぐことはない。 「押し付けられる想いは、迷惑にしかならないよ。それに今みたいに抱きついたりイヤなことをするようなら、俺にも考えがあるから」  返してくれないスマホを竜馬くんの手から奪い取って、逃げるようにその場を後にした。俺に向ける彼の情熱がどこか穂高さんと似ているところがあって怖くて堪らず、逃げることでしか対処できなかったのである。 「ううっ……穂高さん……」  スマホを胸に抱えながら、人が来なさそうなところを必死になって探した。大学構内にある1階の階段の下にある、ちょっとした隙間が目に留まる。その隙間の奥の方に体を隠してみた。  スマホをタップし、穂高さんにリダイヤルしようとしたのだけれど――。 「……電源が落ちてる。どうして?」  反応しないスマホを振ってみたり、あちこち弄った結果、電源が落ちてることが分かった。もしかして……。 「竜馬くんが勝手に落としたのか? 穂高さんがかけ直しても、繋がらないようにするのに」  理由が分かった途端に、体が震えてきた。さっき抱きしめられて、いきなり迫られたことを思い出す。  自分のスマホに意識を向けていたため突然抱きつかれ、すごく焦ってしまった。耳に息を吹きかけられたせいで変な声をあげてしまい、それを聞いた瞬間に竜馬くんの下半身が変化したのが分かって、更に恐怖を感じた。  このまま襲われたら――そう思うとすごく怖くて……。だけど弱気になってる自分を悟られない様に怒気を含んだ声で、精一杯の抵抗を示す言葉を口にしたんだ。  震える指先でやっと電源を入れ、スマホが起動するのを待つ。 (体の震えが止まらない。怖いよ、穂高さん……穂高さん――)  背後にある壁に体を預けていたけど立っていられなくなり、ズルズルとしゃがみ込んでしまった。  早く起動してくれと祈る思いでスマホを握りしめたら、途端に着信音が鳴り出す。 「もしもしっ!」 『千秋!? 千秋、無事かい?』  涙ぐみながら出たら、慌てた様子でまくし立てるように話しかけてきた穂高さん。その声を聞いた瞬間、安心感が胸の中にぶわっと広がり、涙がポロポロと溢れてしまった。 「ほ、ほらか、さ……うっ、ひっ――」 『千秋、何で泣いて……。まさか何かされたんじゃ。大丈夫か?』 「ひっく……。だいじょう、ぶ。いきなり、抱きしめられた、だけだから」  やっとのことでそれを口にしたら、電話の向こう側から大きな溜息が聞こえてくる。 『抱きしめられただけで、どうしてそんな風に泣いているんだい? 変な誤魔化し方をしないでくれ』 「誤魔化してないよ、本当に! うっ……」 『愛してるよ、千秋』  竜馬くんのショックで心が荒れ狂う中、胸にじんと染み渡るような声が耳に響いてきた。 『君を想うこの気持ちが願うほどに辛くなるのは、どうしてなんだろうか』 「穂高さん……」  切なさを噛み締めたような声色が、穂高さんの心情をすごく表わしていた。辛くなると言ってるのに、俺としては嬉しくて堪らなかった。竜馬くんに告げられたものよりも、心に突き刺さる感じだ。 『千秋、本当に済まない。危ない目に遭ったというのに助けることもできないだけじゃなく、流してる涙を拭ってあげられなくて』 「大丈夫だから……。穂高さんの声を聞いてるだけで、涙が引っ込んでしまったよ」  鼻をグズグズさせながら、一生懸命に笑ってみせる。これ以上、心配させたくなかった。 『まったく。そんな強がりな恋人にお願いだ。嫌いにならないから、さっきあったことを話してはくれないだろうか?』 「でも……」 『これは千秋だけの問題じゃない。大事な恋人を守ってやらなきゃならない、俺自身の問題でもあるんだからね』  諭すような穂高さんの言葉に、重い口を開くしかなさそうだ。 「あのね……あの――」 『君の感じたことの、すべてを受け止めてあげる。体は寄り添うことができないが、心だけでも傍にいてあげるよ』 「ありがと。あのね竜馬くんが電話を切った後、いきなり抱きついてきたんだ。抱きつかれただけ、だったんだけど……」  穂高さんのお陰で、たどたどしくだったけど落ち着いて話すことができた。 「耳元で喋られたせいで息がかかって、くすぐったくてつい、変な声を出しちゃったんだ。その途端に竜馬くんの下半身が大きくなったのを感じて、襲われるかもしれないと思ったから慌てて逃げてきた」 『そうか。それで怖くなってしまったんだね』 「うん。穂高さん以外に、そういう対象に見られるなんて思ってもいなかったから、余計に驚いたのもあったんだ。今までの竜馬くんは告白するだけで、何もしてこなかったし」  油断した自分が悪いのも理解している。だけどあんな風に欲情を孕んだ瞳で見つめられて、恐怖を感じずにはいられなかった。 『千秋の声に反応するのは、仕方のないことだよ。ましてや好きな相手なら尚更だろう。抱きしめていたなら声だけじゃなく、匂いや体温だって十分な材料になるしね』 「それは、うん。分かるけど……」  俺も同じだ――大好きな穂高さんの存在を感じるだけで、心にある芯に熱が灯り、同時に身体も反応しちゃうから。 『俺のせいかもしれないな。挑発したつもりはないんだが、彼の中にある熱情に油をさす発言をしたのかもしれない』 「穂高さん?」 『ムダな質問をネチネチしながら責めたのに全然めげないから、千秋との仲をアピールしてしまってね。結果的には、彼を煽るだけになってしまった。千秋が強く拒否しているのにも関わらず、躊躇なく求めている様子を直に電話で聞いていたのに。俺の作戦ミスだ』  そんな風に自分を責めないでほしい。だって――。 「俺は嬉しかったです。竜馬くんと話し合ってくれて。穂高さんが守ってくれる感じがしたよ」 『だが千秋が怖い目に遭ったのは、俺のせいでもあるんだ。守ってなんて、いない……』  穂高さんの沈んだ声を聞いてるだけで、キリキリと胸が絞られるように痛む。俺が我慢できずに泣いてしまったせいで、いらない心配をさせてしまったよね。 『なぁ千秋、これからのことなんだが』 「はい?」 『できるだけ彼との接触を控えてほしい。俺が言わなくても、しっかり者の君なら進んでやるだろうが』 「そこまで俺、しっかりしてないけど……」  むしろ穂高さんに、甘えまくってると思うのにな。気遣ってくれる声が聞こえてくるたびに、ほんわかした気持ちになっていくよ。 『そんなことはない。だって俺の千秋だから』 「やっ、もう。やめてください」 『ふっ、やっと笑ってくれたね。安心した』 (――どっちがしっかり者なんだか、分からないじゃないか) 『いいかい、千秋。接触を控えつつ、彼の言動に反応しないこと。何を言われてもスルーしてくれ』 「反応しない……って、ん~難しいな」  今まで竜馬くんに言われたことを思い出しながら、小首を傾げた。好きだと言われると困ってしまい、ついオドオドしちゃうし。 『難しく考えなくていい。結局YESだろうがNOだろうが反応することによって、彼の気持ちを煽る形になっていたんだ。畑中君が何か言ったら視線を逸らし、背中を向けるだけで大丈夫だから。お前の存在は眼中にないっていうのを、暗に示してやればいい』 「分かるけど……。でもそれって反応が返ってくるまで、竜馬くんが迫り続けるんじゃないの?」 『だろうな、俺ならそうする。気づいてくれるまで、粘り強く迫ってくるだろう。だがそれに負けず、千秋も無視し続けなければならないよ』  それって、かなりの忍耐力が必要な気がする。竜馬くんのしつこさは、穂高さんのしつこさに比例してるからな。大丈夫だろうか……。 『存在を否定され続けている内に、ガックリと打ちのめされる。何をしてもダメなんだと相手が悟ったら、こっちのものなんだが。近いうちに時間ができたら、そっちに行ってあげよう』 「ホントに!?」 『ああ。千秋の様子を見てこの対処がダメなら、法的処置をしなければならないからね。俺が付き添ってあげるから』  やっぱり頼りになるな、穂高さん。しかもこっちに来てくれるって、何気に嬉しいかも。 「ありがと。来てくれる日を指折り数えて頑張るね」 『俺も仕事の折り合いつけるために頑張るよ』 「愛してる、穂高さん」 『俺もだよ、千秋。愛してる、心はいつも君の傍にいるから』  目を閉じて、穂高さんの言葉を噛み締める様に聞いた。それだけで満たされていく心に、どんな困難なことがあっても大丈夫に思えたのだった。

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