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Final Stage 第3章:困難な日々

 竜馬くんとの接触を控えるべく、まずはバイトのシフトの時間を変更しようと大学の授業が終わってから、コンビニに真っ直ぐ向かった。  従業員入り口から事務所に入ると、店長がパソコンの前で仕入れ状況の確認をしているところで、その背中に大きな声をかけた。 「お疲れ様です!」 「お疲れー。あれ、今日シフト入ってたっけ?」  キーボードの手を止めて小首を傾げながら、俺の顔をわざわざ見つめる。 「いえ……。あのその件で、ご相談したいことがありまして」  店長がシフトという言葉を口にしてくれたお蔭で、すんなりと話ができそうだ。 「紺野くんが深刻な顔して相談なんて、何だかドキドキするな。そういえば、スーパーのバイトを始めたそうだね。掛け持ちがキツくなってきたとか?」  傍に置いてあったパイプ椅子を目の前に用意し、座るように促されたので遠慮なく腰掛けて、背筋を伸ばしながら姿勢を正した。 「スーパーは週末だけにしているので、全く問題ないんですけど……」  参ったな、竜馬くんとのシフトをズラす理由を考えてなかった――勢いだけで、ここに来てしまったから。 「えっとですね大学の単位がですね、ちょっとだけヤバいのがあって……。できれば今のシフトの曜日を、変更していただけたら助かるんですが」  自分のバカさ加減を思いきり晒してしまうセリフになっちゃったけど、こうでもしないとシフトの変更をしてもらえないだろうと咄嗟に考えつき、眉根を寄せながら臨場感たっぷりに語ってみた。  俺の言葉に店長はパソコンの画面にシフト表を映し出して、う~んと唸る。 「曜日の変更ねぇ。回数も減らした方がいい?」 「やっ、そこまでしなくても大丈夫です! 曜日だけ変えていただければ、まったく問題ないですし」 「だったら、俺のシフトとチェンジしたらどう?」  扉をノックする音と一緒に、聞き慣れた声が事務所の中に響いた。その声に振り返るなり、目が合った途端に微笑んでくれる。 「ゆっきー?」 「おっ、雪雄。いきなりの登場で話に入り込むとか、ちゃっかり盗み聞きしてただろ?」  店長はゆっきーの叔父さんにあたる人で、やり取りを見ていると親子のように仲がいい。 「まぁ結果的には、そうなっちゃたけどさ。入りにくい雰囲気が、事務所の外まで漂っていたからね。で、シフトの話はどうかな千秋?」 「ゆっきーのシフト?」 「そ。ほら叔父さん、見せてやってよ」  俺たちの間に割り込んで店長が操作する前に、さっさと自分でパソコンの画面を弄る。 「こら、雪雄! 勝手に触るなって」 「遅いんだよ、もう。俺だって暇じゃないんだからね。この後、仕事が入ってるんだし」  ゆっきーの言葉に、慌てて画面に目を走らせた。一緒に働いてるメンバーを、しっかり確認してみる。 「ね? 大丈夫でしょ、千秋」 「ゆっきー……」 (もしかしてシフト変更の意図が分かっていて、わざわざ提案してくれたんだろうか?) 「あの店長、ゆっきーの時間にシフト変更をお願いします!」  ペコリと頭を下げながら改めてお願いしたら、快く承諾してくれたので、次のバイトの曜日が明後日に変更となった。 「ということは、俺は連勤になるんだね。頑張って働くぞ!」  落ち込んだ気分を浮上するような元気な声で言い放ち、店舗に移動したゆっきーを追いかけるべく、一旦事務所から出て、コンビニの店内に足を踏み入れる。  まばらにお客さんがいたので、いなくなるまで商品棚の整理をこっそりしながら、ゆっきーに話しかけるタイミングを計った。  そんなことを30分以上しているとカウンター奥から大荷物を持ったゆっきーが、わざわざ出てきてくれる。 ( ああ、新しい一番くじがはじまるから、用意しなきゃならないんだな) 「千秋、このPOP頼んでいい? こういう組み立て苦手でさ」  画用紙よりも大きなしっかりした紙を手渡されたので、説明書通りに山折り・谷折りしながら組み立てる。手元で組み立てつつ、隣にいるゆっきーに話しかけようと横を向いたときだった。 「竜馬に相当参ってるでしょ?」  唐突に話しかけてきたので、俯きながら小さな声でうんと言った。  ゆっきーにとって竜馬くんは仲のいい友達であり、その友達を悪く言うのは正直気が引けてしまう。 「アイツんチで宅呑みしたときさ、辛そうな顔を見てるからね。千秋だけじゃなく竜馬の顔も。間に挟まれてる俺が、どんだけ気を遣ったか……」 「ゴメンね、ゆっきー。この間のことやさっきのシフトの変更とか」 「いいって。そんな済まなそうな顔なんて、してほしくないのに。俺を困らせて、何かしたいワケ?」  隣にいる俺の体に軽く体当たりしたゆっきーに、ふるふると首を横に振ってみせた。 「竜馬、いいヤツだし応援したかったんだけど、千秋には恋人いるだろうなって思ったから、一応止めたんだ。なのにしっかり無視して迫ってるみたいな感じの話を聞いてたからその内、千秋が根を上げるんじゃないかと思っていたんだよ」 「ホントのところ、相当参ってる……。付き合えないって言ってるのに、想うのは自由でしょって言われちゃって」 「へぇ。見た目はクールなのに、内に秘めた情熱は無限大って感じなのかな。意外だ」 「意外なのは相手が俺ってことだよ。好かれるような魅力なんて、どこにもないと思うのに」  言いながら組み立てたPOPを棚の一番上に置いて固定し、説明書通りにくじの商品をレイアウトしていく。 「誰だって、自分の魅力なんか分からないって。だけど恋人ができてからの千秋は、表情がすっごく豊かになったと思うけどな」 「表情が豊かになった?」 「そうだよ。元々素直だから良くも悪くも感情が顔に表れているんだけどさ、表情にまろやかさが出たっていう感じかなぁ。俺の感想としてはこんなんだけど、竜馬自身はどうなのか不明だけどね。アイツってば何かにつけて「アキさん、アキさん」言ってたし。依存しまくった結果、恋に落ちたのかな?」 「……後輩の面倒を、普通に見てただけなんだけどな。依存される覚えもないんだ」  告白されるといういきなりの出来事や、穂高さん以外に迫られることは困惑するしかない。 「俺からも注意しといてあげるよ。千秋を困らせて、何をやってるんだって」 「ありがと、ゆっきー。だけど何も言わないでくれるかな。言うと意固地になって、ケンカになったら困るから」 「でも、さ……」 「仲のいい二人が俺のせいで揉めるの、見たくないし辛いから。ゆっきーの優しさは、しっかり伝わったよ」  隣にいるゆっきーの左手に、そっと自分の右手を被せた。 「千秋……」 「竜馬くんが諦めてくれるまで、何とか頑張るから。それに恋人もその内、やって来てくれることになっていてね」 「ははぁん、それがあるから大丈夫なのか。なるほど!」  笑いながら被せた右手に反対の手を載せて、ぎゅっと握りしめてくれる。 「恋人の存在が大部分だろうけど、俺も忘れないでね?」 「忘れるワケないじゃないか。シフトのこともこうやって話を聞いてくれるのも、すっごく助かっているんだよ。ゆっきーがいてくれて良かった」  竜馬くん対策が上手くいくであろうと、仲良く微笑み合う俺たち。それを嘲笑うかのような出来事が行われるなんて、思いもよらなかったのである。

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