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Final Stage 第3章:困難な日々3
***
つい勢いで、電話を切ってしまった――直ぐ様、リダイヤルしなきゃならないというのに手が……心が動かない。
(何をやってるんだ、俺は……。千秋が苛立つのも無理はないのに。不安で怖くてしょうがない気持ちのせいで、あんなことを言ったというのに)
千秋に昨夜のいきさつを聞きながらも、俺はどこかでそれを受け流していたと思う。仕事の忙しさや自分のおかれている立場に、ムダにイライラしてしまって余裕がなかったのは事実だ。
普段、力技を駆使しない彼が畑中君に迫られ、頭突きをかましたことをもっと褒めてあげなくてはならなかったハズだというのに。
「……って、ちょっと待て。頭突きをかました時点で、どうして気がつかなかったんだ。それだけ近距離で、迫られていたってことじゃないか!」
今、それに気がつくとか、何て無能なんだ俺は――何事もなかったという事実に囚われて、重く受け止めていなかった。
へなへなとその場にしゃがみ込み、道路の真ん中に体を横たえる。寒風が吹き荒んでいたが、めちゃくちゃ天気が良く、青い色の空が目に眩しく映った。
「こんなところで寝てたら、車に轢かれちゃうよ。穂高おじちゃん」
俺の肩を、ゆさゆさと揺さぶってくれる小さな手。それが温かいの何の。
「ヤスヒロ、おはよう。これから学校かい?」
海で溺れ、内地の病院で2週間ほど入院してから、こっちに戻って来た。周防先生の息子さんの応急処置のお蔭で後遺症もなく、今も元気に学校に通っている。
「おはよう! そうだよ、余裕を持って学校に行かなきゃ」
もうそんな時間なのか。早く朝ご飯を食べて、倉庫に戻らなければならないな。
「穂高おじちゃん、すっごく疲れた顔してるね。千秋兄ちゃんとケンカでもしたんでしょ?」
「……疲れた顔ひとつで、どうしてそこに千秋の名前が出てくるんだい?」
子どもならではの千里眼だろうか。しかもヤスヒロはこんなに小さくても、空気を読むことに長けているから尚更なんだが。
「だってさ、穂高おじちゃんはどんなに仕事が忙しくても、楽しそうにしているもん。だからきっと、千秋兄ちゃんと何かあったんだなと思っただけ。当たってた?」
俺のことを、よく観察しているな。恐るべしヤスヒロ!
子どもにこれ以上、カッコ悪いところは見せられない。無言で起き上がり、お尻の部分をバシバシと叩いて汚れを落した。
「ケンカというか、ちょっとだけ意見の食い違いがあったんだ。大したことはない」
「ウソだぁ! 大したことじゃなかったら、そんな顔しないハズだもん。穂高おじちゃんのことだから、きっと変に格好つけて言った言葉に、千秋兄ちゃんが呆れまくって嫌われたんでしょ?」
当たらずとも遠からず……恐るべしヤスヒロ。
「格好つけてはいないが、千秋を大事にしすぎて、言わなければならない言葉を濁してしまってね」
しょんぼりしながら告げた言葉に、ヤスヒロは大人ぶって胸の前で腕を組み、ふむふむと相槌を打ってくれる。大人の俺がこんな子どもに、心中を語ることになろうとは。
だが胸の中で気持ちを燻らせて、悶々とした挙句に後悔の念に囚われるよりはマシだろうか。
「大事なのに思ったことを言わないのって、すっごく変じゃない? それって大事にしてないじゃん。千秋兄ちゃん、きっと悲しんでると思うよ」
「それは……そうだね。きっと悲しんでる、うん」
俺の不用意な行動が、千秋を悲しませているだろうな。今頃不安に駆られて、泣かせてしまっているかもしれない。
「穂高おじちゃんは、千秋兄ちゃんが大事なんでしょ? だったら全部隠さないで、言いたいことを言わないと嫌われちゃうよ。いつまで経っても仲直りができないって」
左手に持ってるスマホを奪い取って、画面を俺に向けてくれた。
「そんな顔してここで反省しても、千秋兄ちゃんには見えないんだからさ。電話しなきゃ、ほら」
「うん、分かった」
ヤスヒロがスマホの画面を向けているので、そのままタップしスピーカーにして、リダイアルしてみた。
それなのに『おかけになった電話は――』のアナウンスが流れ始め、繋がらないことを現した。
「うっわー……。あの優しい千秋兄ちゃんが電話に出ないとか、相当怒っているのかもね。繋がるまでちゃんと電話しまくって、謝りなよ穂高おじちゃん!」
学校に遅れちゃうから行くねと付け加え、勇気を分けてくれるように俺の手をぎゅっと握りしめてから、さっさと目の前を走り去ってしまったヤスヒロに、小さな声でいってらっしゃいと呟いた。
「いってらっしゃいだけじゃない、ありがとうと伝えるべきトコじゃないか……。こういう一言が足りないから、相手をキズつけてしまうんだろうな。何をやってんだ、俺は」
――後悔ばかりして、ちっとも前に進めない。
ふらふらする足取りで自宅に向かい、いつも通り一人きりの食事をしたのだが、食が進まなかったのは言うまでもない――。
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