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Final Stage 第4章:長い夜2

 待たせている間に気が変わったりしたら、堪ったもんじゃない――その思いがあったので何をするにも、イライラしながら行動する。鍵を開ける手ですら、もどかしさを感じてしまった。  急がなきゃと呟いて扉を勢いよく開けて、玄関にぽいぽいっと靴を脱ぎ捨て居間に入り電気を点けた。  向かって左側にある冷蔵庫に手を伸ばし、水の入ったペットボトルを持って台所に行き、洗い籠の中にあった大きめのコップにだばだばと注ぐ。  そして、ペットボトルのキャップを閉めようとした瞬間だった。太い二の腕が俺の身体に、ぎゅっと巻きついてきた。 「なっ!?」  何でという言葉が、一瞬にして奪われた。顔のすぐ横にある竜馬くんの微笑みに、躰が固まってしまう。 「待っていられなくて、勝手に上がらせてもらっちゃった。お水、ありがとアキさん」  アルコールのニオイが鼻腔をつく。それだけじゃなく背後から抱きしめられている躰から、竜馬くんの体温やらいろんなものが伝わってきて、瞬く間に恐怖心が増していった。 「はっ、放して、よ……。お願ぃ、だから」 「そんな風に震えながら掠れた声をあげるなんて、まるで感じてるみたいに聞こえるね」 「ちがっ……そんなんじゃ、な――っ!?」  いきなりくちびるで耳たぶを食まれてしまい、言葉を止められたけど――いつもより感じられないのは、この先に行われるであろう行為を予測して、身体が拒絶反応を表しているのかもしれない。  ゾクゾクという感覚じゃなく、肌の上にビリッとした電気が走っているみたいだ。  くるりと身体を反転させられたせいで、竜馬くんと向かい合う形になった。目の前にあるギラギラした瞳を目の当たりにして、藤田さんが告げた言葉をふと思い出す。 『堰き止められた想いは、水と同じなんだ。互いに想いが伝わり、流れ続けていればキレイでいられるけど、堰き止められたままでいたら、みるみる内に腐っていく。腐敗した想いを抱えていたら、どうなると思う? 俺のように、拗れた人間になっちゃうんだよ。腐敗した想いを何とかしたくて、汚い手を使って相手を落とし込んで、想いを通わせようとするんだ。キレイになりたいから……。少しでもいいから分かってほしくて、ね』  竜馬くんの心は、腐ってしまったのかな。俺の知ってる優しい彼は、もういないのだろうか? 「もう誰にも邪魔されない。俺だけのモノにしてあげるよアキさん」 「それは……きっと無駄だよ。そんなことをしても、俺の心は手に入らない。むしろ、君をどんどん嫌いになるだけなのに」  自然と涙が頬を伝っていった。本当は声をあげて泣き出したかったけど、必死にガマンする。反応しないことこそが、防御だって分かっているから。 「嫌いなんていう、生ぬるい感情はイヤだな。むしろ、憎んでくれて構わないよ」 「なっ!?」 「だってその方が、アキさんの心の中に深く深く残るでしょう? 真っ黒い影になって、井上さんという光を覆い隠す存在になるんだ」  嬉しそうに告げた言葉だったけど、それは無理なことだとすぐに分かった。どんなに竜馬くんの影が濃くても、心の中にいる穂高さんの光はどんなものでも消せちゃうくらい、光り輝いているのだから――。 「……可哀想な、ひと……」  思わずぽつりと呟いた俺に竜馬くんは一瞬だけ真顔になったけど、すぐに笑みを湛える。笑って、何かを誤魔化しているみたいに見えた。 「こんなときまで、変な優しさをかけないでよ。自分が今どんな状況なのか、分かっているよね?」  俺の左腕を掴んで引っ張り、強引にその場に押し倒した。したたかに打った腰の痛みに顔を歪ませたら、すかさず俺に跨ってきた。 「その泣き顔を悦びに変えてあげる。いっぱい感じて、アキさん」  うっとりした顔で、くちびるを重ねる。俺は目を開けたまま、それを受けた。抵抗せずにされるがままでいた。  これは罰だ――いらない優しさを竜馬くんにかけてしまった罰。それだけじゃなく、穂高さんを悲しませてしまう罰でもある。  俺がもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのに。穂高さん、ゴメンね――。 「ちょっ……何、このアザ?」  まったく抵抗しない俺を訝しがり、着ていた服を使って、両腕を後ろ手に拘束されてしまった。全裸を舐めるように見た、竜馬くんの感想といったところか。  肩口にある穂高さんが咬んだ歯型がアザとなって残っているのだけれど、不自然なそれにやっぱり目がいくよね。 「アキさんの躰に、こんなのが付いてるなんて……。これって、井上さんが付けたの?」 「…………」  質問には答えず、ふいっと横を向いてやった。 「へぇ、答えてくれないということは、そうなんだろうね。いっそ、その痣をえぐっちゃおうか?」 「くっ!?」 「それとも俺が、噛み取ってやろうか? どっちがいい?」  今の竜馬くんなら、どっちもしそうな勢いだよな。だけど、それもいいかもしれない。 「竜馬くんの好きにしていいよ。俺は構わないから」 「何、強がり言って――」  俺の言葉に驚いたのか微妙な表情を浮かべる彼に、ニッコリと微笑んでみせた。 「竜馬くんが何らかの手を使ってそこに傷を作っても、大きくなればなる程に、穂高さんの付けた痕が大きくなるんだから」  どんなことをされても、心は変わらない。このことを知って俺を嫌いになり、呆れて去っていくかもしれない穂高さんを、ずっと好きでいるんだ。 「何で、そんなっ……。平然と――」  竜馬くんは落ち着き払った俺に噛みつくようなキスをしながら、両手を使って躰中をまさぐってきた。  心は完全に拒否ってるのに、どうにもならないのが身体の事情だった。好きでもない相手に触れられても、感じてしまうと否応なしに反応してしまう。 「んっ、ぅ、っ……」  声を必死になって噛み殺しながら、感じていないふりをしているのに、下半身に集まっていく熱をどうすることもできなかった。 「吸いつきたくなるような、白い肌をしているね」  嬉しそうに言って、貪るようにあちこちに舌を這わせられる。 (もう嫌だ……。何も考えたくない。感じたくもない――) 「へえ、男でも感じると乳首って勃つんだ。アキさん気持ちいい?」  俺の反応を見ようと舌先を使い、しつこく責める。それに負けないようにに声を堪えても、感じさせられてる部分は萎えることなく、ますます感度は上がって呼吸がどんどん乱されていった。 「はぁはぁ、っ……、あ、ンっ」 「恥ずかしがることはないよ、こんなになってるんだし。もっと声、出して」  竜馬くんの言葉に反応しないように目をつぶって、くちびるをぎゅっと噛み締めた。 「それって井上さんに、操を立ててる感じなのかな。彼以外の男に、感じないようにしなきゃって。無駄な抵抗なのにね」  分かってるよ、そんなことくらい。小さな抵抗だって分かってるけど。でも――。 「ぅっ……ほらかさ、んっ、ひっ……」  考えないようにしていたのに、竜馬くんの口から穂高さんのことを告げられた途端に、堰を切ったように涙が溢れてきた。 「どんなに泣いたって、やって来ないよ。諦めて快感に身を任せなって」  手荒な感じでいきなり俺自身を握られ、あまりの痛さに躰を拗じるしかない。 「ああ、ゴメンね。自分以外のモノを触る機会なんて、滅多にないものだから、つい。でも分かるよ、ナニをどうすればいいか」  痛みに顔を歪ませている俺をわざわざ覗き込み、意味深に笑って目の前で指に輪っかを作った。 「これで気持ちよくするのと握りしめられるの、どっちが好き?」  嫌だと意思表示すべく首を横に振ったけれど、そんなの無視して始まってしまい――。 「うぁ、あ、あっ……はぁ、やっ!」 「アキさんって、本当にエロいね。感度がいいせいか、瞬く間に勃っちゃうなんて。可愛いにも程がある」 「も、やめ……ぁああっ、ひゃ、んんっ……い、イヤっ、ぅ」 (――これは俺じゃない。俺じゃない人物が感じてしまっているんだ、きっと……) 「イヤなんて言いながら、こんなに溢れさせて……。しゃぶって、キレイにしてあげるね」 「な、舐めちゃ、だ、ダメ、んなの、しな……いっ、で、やあぁっ! ぅあっ……あ、あ、ぁっ」  ――こんな卑猥な声をあげてるのは、俺じゃない。 「すっごく美味しいよ、アキさん。しかも脈を打って、ビクビクしちゃってる。もっともっと腰を使って、気持ちよくなってごらん。俺がイカせてあげるから、さぁ」  ――快感を求めるために、自ら腰を振ってるこの人は俺じゃない……。 「ひぃっ……も、やらっ、いっ、イく……イっちゃう……くぅっ!」  ――竜馬くんに弄られて散々感じさせられて、イってしまったこの人は俺じゃない! 「すごっ! いっぱい出たね! そんなに気持ちよかった? アキさ――」 「千秋っ!」  竜馬くんの声をかき消した、誰かの声――聞き覚えがあるのに、思い出せないのはどうしてだろう?  確かめたいのに、身体がひとつも動かせないんだ。目も口も、指先すら動かすことができない。だってこの躰は、俺のものじゃないのだから。

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