113 / 175

Final Stage 第5章:深窓の令嬢

「そういうワケですので、暫くお休みをいただくことになります。大変、申し訳ございません。お気遣いありがとうございます」  電話の相手――船長にしっかりとお礼を告げる。 『いいだ、いいだ! 普段から離れて暮らしてんだからよ。たまぁには、おとーと孝行せにゃならんって。だからっておめぇ、はっちゃきこいて頑張るんじゃねぇぞ。ぜってぇ失敗するからよ!』  ガハハという豪快な大笑いの後、勝手に電話が切られてしまった。  お蔭で暗く沈んでいた気持ちが、ちょっとだけ浮上する。明るく接してくれた船長の機転に、感謝しなければならないな。  自然と上がった口角の端をそのままにテーブルにスマホを置き、ベッドで横になっている千秋の顔色を窺ってみた。  毎晩2、3回くらいだろうか。悲鳴に近い声を夜中にあげながら飛び起きて、息を切らしている姿があった。そんな風に寝ている状態だから熟睡できていないのが、俺の目から見ても明らかだった。  今までのストレスや畑中君に襲われたことがフラッシュバックとなり、蘇っているのだろう。  いつまで続くか分からないそれに付き合うべく、船長に電話したワケなのだが――。 「代われるものなら代わってやりたいのに。何もできない自分が不甲斐なさ過ぎて、言葉にならない」  しくしく痛む胸を抱えつつ、跪いて千秋の頭を撫でてあげた。  熟睡できていないのに無理して大学に行こうとする彼を、恋人の権限をここぞとばかりに振りかざて強引に何とか引き止め、顔色が悪いのを改善すべく昼間に横になってもらっている。  しっかり休んでいるのを確認すべく、俺の添い寝付きなのはオマケなんだと称しておこうか。 『……あの、穂高さん。そんなにじっと見つめられると、寝るに寝られないんですけど』 「すごいね、千秋。背中を向けているというのに、見つめているのが分かるなんて」 『……それだけじゃなく。その……腰に何か当たっていて。……少し離れてほしいかなって』    壁を正面にして寝ている千秋がちらりと振り返り、恨めしそうな顔して俺を見る。  それはしょうがないんだ。だって千秋が傍にいるだけで、クララが勃ってしまうんだから――。 「そんな顔をしないでくれ。俺だって千秋が全快するまで必死に我慢しているんだが、反射的な生理現象だと捉えてくれたら助かる。とにかく千秋も頑張って、しっかり寝なければならない!」  正直、適当過ぎる言い訳を口にしながら少しだけ腰を引き、クララが当たらないように配慮して、背中をポンポン優しく叩いてあげた。 「ありがと、穂高さん」 「どういたしまして。目が覚めたら一緒にご飯を食べようか。何か、食べたい物はあるかい? 遠慮せずに言ってくれ」  夏休みに過ごしたときには、千秋がご飯を作ってくれることが多かったので、今回の帰省時は自分が作ってあげようとちゃっかり考えていた。こんなことがない限り、披露する場がないと思った。 「えっと……あれ、食べたいな。キャベツのサラダ。自分で作ってみても、穂高さんみたいに上手く作れなくて」  くるりと向きを変えて俺に顔を向けると、柔らかい微笑みを浮かべた。純真無垢な感じで強請ってくれる千秋に、どぎまぎするしかない。 (――ううっ、可愛い。食べてしまいたいくらいに……)  今の気持ちを表すのなら、キャベツをまるごと一個を使ってサラダを作ってしまうかもな。 「千秋的には、サッパリしたのが食べたい感じなのかい?」 「うん。食欲があまりなくて……」 「それじゃあオリーブオイルを使って、あっさり目に作ってみようか。だが、それだけじゃ栄養が偏ってしまうからね。他にも何か食べやすい物を考えるから、楽しみにしていてくれ」  魅惑的な千秋の微笑みに負けないようにニッコリと笑いかけたら、ぎゅっと躰にしがみつく。 「穂高さん、大好き」  その言葉にびくんとクララが反応して、痛いくらいに張り詰めた。 「千秋……」  俺の胸元に顔を埋めてすりりと頬擦りしている千秋に、手を出したくてしょうがない。  ――キスくらいなら、許されるだろうか?  勿論、触れるだけのである。おやすみ前の挨拶みたいな軽いキスなら、大丈夫……かな。 「穂高さぁん――いい匂い……ムニャ、あったかぃ……」  ああ、どうしてくれようか。大好きな千秋が嬉しい言葉ばかりを連呼する、このひととき。これは是非ともお礼と称して、濃厚なキスのひとつくらいしてもいいだろう。  ――いや、しなければならない!!(んもぅ、それはそれは濃厚なヤツ。ひとつといわず、オマケに三つくらいはいいだろう!!!) 「俺としては千秋の方が、いい匂いなのだが」  匂いを嗅ぐ振りをしてくちびるを奪うべく、ちゃっかり顔を寄せてみたら――。 「( ̄Д ̄;) ガーン! 幸せそうな顔して熟睡中……」  しかもくちびるを奪うのを、躊躇ってしまうレベルの表情を見せつけるなんて。 「ドライオーガズムを体得しただけじゃなく、寝込みを襲えない表情を自然に浮かべてしまうとか、恋人泣かせにも程があるよ千秋」  心の中でさめざめと泣きながら俺の胸の中で静かに眠る彼を、優しくぎゅっと抱きしめてあげた。今夜千秋が熟睡できますようにとお願いしつつ、何とか就寝したのだった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!