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Final Stage 第6章:恋の炎は心の芯に灯し続ける3
***
岸壁に寄せられるフェリーを、今か今かと待ち構えていた。実際それは、俺だけじゃないのだが――。
隣にいるヤスヒロは瞳をキラキラさせながら、両手に小さな拳を作って口を開けたまま、食い入るようにフェリーを眺めていた。
他にも千秋と仲の良かった漁協のおばちゃん連中は、横断幕を手にしたままペチャクチャと談笑しつつ、意識はしっかりフェリーに向けている状態。
そんな千秋の人気に、内心苦笑するしかない。
「あっ、見て見て! 千秋兄ちゃんが降りてきたよ! お~い!」
ヤスヒロの掛け声で、漁協のおばちゃんたちが一気に色めき立った。
「ち~ちゃんっ、お帰りなさーい!」
「よく来たね~! 待っとったよぉ」
他にもいろんな声掛けがなされ、数人の乗客と一緒に降り立つ千秋は赤面しながら、照れくさそうに頭を掻いていた。
「あれ?」
(頭を掻いている左手……。薬指の指輪が付けられていない――)
「ただいまっ! 皆さん、お出迎えありがとうございます」
丁寧に頭を下げて、皆に向かってお辞儀をする。そんな千秋に待ってましたとばかりに取り囲むものだから、当然俺の入る隙間はなかった。
「穂高さん、ただいまっ!」
「おか、えり……」
皆に揉みくちゃにされているのにイヤな顔ひとつせず、嬉しそうにふわりと微笑みながら自分の着ているシャツの胸ポケットを、左手でぎゅっと掴んだ。
――指輪はここに、ちゃんとあるからね――
訝しんだ表情を浮かべたつもりはなかったのに、俺の微妙な表情を瞬時に読み取り、それを教えてくれるなんて。
それだけじゃなく同じ指輪をしていたら絶対に突っ込まれることが分かっていたから、きちんと配慮してくれたんだ。俺は目先のことにしか気が利かないから、周りを見ることのできる千秋に随分と助けられているな。
「あの、わざわざお出迎えしていただき、ありがとうございます。横断幕まで作ってくださって、何と言ったらいいか」
「千秋兄ちゃんが試験を一生懸命頑張れるように、みんなで作ったんだよ。だから明日は、きっと大丈夫!」
「そうさね。あたしらだけじゃなく、島にいるほとんどの人が応援しとるし」
こんなに近くにいるのに、遠くにいる感じがするよ千秋――。
「穂高おじちゃんってば、わざと変顔して何をカッコつけてんの? そんな顔してたら、千秋兄ちゃんの運がどっかに行っちゃうよ」
「へっ!? いや……」
輪の外にいる俺にいきなり振り返り、声をかけてくれるヤスヒロ。コイツも千秋と一緒で、周りに目が行き届くタイプなんだな。
「二言目には千秋千秋って煩いクセに、カッコつけた顔しちゃって。混ざりたいんでしょ?」
「そーそー。いっつもちーちゃんのことを、いろいろと教えてくれるんよ。毎日元気に頑張ってるの、聞いとったからね。さぁさぁ井上さー、はよぅコッチにおいでぇな」
みんなの言葉で、千秋の朗らかな笑顔が一変する。しぶぅい表情に変わった恋人の前に、無理やり引っ張られてしまった。
「穂高さん……」
以前千秋に余計なことを喋らないように釘を刺されていたのだが、話題が途切れるとつい、千秋の身の上話をぺらぺらと喋ってしまって――。
「一体、どんなことを喋ったんですか? どうせ『俺の千秋は――』って、言ったんでしょうね」
怒った顔して俺の胸倉を掴み、喚くように告げた言葉は間違いないものだった。
「すごいな。どうして分かったんだい? さすがは俺のち――」
「だぁかぁらぁっ! 俺の千秋発言、止めてくださいって何度も言ってるでしょ!」
的確すぎる指摘に感心して口を開いたら、顔を更に赤らめさせて怒る怒る。
「そろそろ、みんな帰るっぺ。夫婦喧嘩は、犬も食わんって言うしな」
「穂高おじちゃん達は、夫婦じゃないよ」
「兄弟でも似たようなものさね。誰も止められん。したっけな! 康弘も早く帰りな」
横断幕を手早く片付け、漁協のおばちゃんたちが散り散りに去って行った。
「みなさーんっ、すみませんでした。お見苦しいところをお見せして! ありがとうございますっ!!」
さっきの俺に対する怒りはどこへやら。帰っていく背中に向かって声を張り上げて感謝を述べる千秋に笑いかけていると、小さな手が左手を包んだ。
「ん……?」
掴んだ左手を強引に千秋の右手に、ぎゅっとくっ付けてくれるヤスヒロ。
「千秋兄ちゃん、帰ってきて直ぐに兄弟ケンカなんてダメだよ。仲良くしなきゃ、ね?」
「康弘くん……」
「穂高おじちゃんと手を繋いで、仲直りしてね。ほらほら!」
ヤスヒロの勧めに若干面白くない顔をしつつも、コソッと人差し指で指輪に触れてから、手を繋いでくれた。
「千秋兄ちゃんの反対の手は、僕のもの~」
なぁんてご機嫌な様子のヤスヒロに、上手に救われてしまった俺たち。仲良く3人で家路に向かったのだった。
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