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Final Stage 第6章:恋の炎は心の芯に灯し続ける8
穂高と千秋の苦悩の解放!
(早めに行ったお蔭で、早く始めてくれたから良かった……)
就職試験を受けるのが俺だけだったこともあり、筆記試験と面接もスムーズに終わってしまった。
緊張していたのがムダになるくらい上手くいってしまった試験の結果を、昨日お出迎えしてくれた漁協のおばちゃん達に報告とお礼をするために足を運んだ。
康弘くんは学校だったからスーパーに顔を出し、お母さんである葵さんに伝えてもらうことにした。
「それにしてもみんな揃って、ビックリした顔をしていたな。髪形をちょっとだけ変えて、スーツを着てるだけなのに」
何人かには赤面しながら見つめられてしまい、どう対処していいか分からなかった。穂高さんなら余裕な表情を浮かべて、その場をやり過ごすんだろうけど、モテたことのない俺には無理な話だった。
(……そういや穂高さんは俺のこの姿を見て、唖然としていたっけ。立派なサラリーマンのでき上がり、なぁんて言っていたけど内心はどう思っていたのかな?)
「ただいま!」
自分の身なりについては横に退けておいて、試験の結果をちゃんと伝えないといけない。昨日から応援してくれたんだから、尚更――。
引き戸を閉めて靴をきちんと揃えてから家の中に入ると、テーブルの前に座り込み、じっとしている穂高さんの姿があった。
「あのぅ、穂高さん。ただいま戻りました……」
腰を少し屈めて顔を覗き込んだら一瞬だけ視線を絡めたのに、すっと外されてしまう。む……何だろ、この変な態度。
「お帰り、千秋……。その顔は試験、上手くいったようだね」
「はい! 穂高さんのお蔭で変なミスをすることなく、スムーズに筆記と面接も終わってしまったんです。早く終わったから昨日お出迎えしてくれたおばちゃんたちのトコに行って、挨拶をしてきたんですよ」
「……その格好で挨拶回り?」
いきなり低い声で訊ねる。気だるげだった顔色が、途端に渋い表情に早変わりした。
「はぁ、まぁ。試験が終わって直で行ったから、そうなりますけど……。何か問題でもありました?」
いたって普通に答えた俺に、じーっと睨みを利かせる穂高さん。そうされる意味が、さっぱり分からない。
「その格好で島中をウロウロしたなら、女性の心をここぞとばかりに鷲掴みしただろうね」
(……もしかして穂高さん、ヤキモチを妬いているの!?)
「なっ、何を言い出すのかと思ったら。いやだなぁ、もう! そんなことがあるワケないのに。穂高さんじゃあるまいし」
いつもと雰囲気が違うから、じーっと見られてしまっていたんだと思ったのにな。つか、誤魔化すのに必死になってる俺って一体……。
「なぁ千秋、君のその格好は本当心臓に悪いよ。朝見てから、ずっとドキドキが止まらなくてね。どうしてくれるんだい?」
艶っぽい声色が耳に聞こえたと思ったら、逃げる間もなく、いきなり抱きすくめられてしまった。耳元で穂高さんの乱れた吐息が聞こえてきて、躰が一気に熱くなる。
「や、どうしてって言われても……困るよ。時間だって、あまりないんだし」
「そんなことはない。君が予想外に、早く帰ってきてくれたからね。フェリーの時間まで、1時間以上あるじゃないか、ん?」
困り果てる俺をぎゅっと抱きしめたまま、なぜだか後ろにある壁に躰を押し付ける。
「だっ、だけど着替えてお昼ご飯を食べたりしたら、時間なんてあっという間だよ」
「だからこそ千秋、君を抱きたいんだ。ひとつになりたい」
「穂高、さん――」
そんなふうに切ない顔で強請られてしまったら、むげに断れないじゃないか。
「千秋がそんな格好をしているんだから、ここは趣向を凝らして何か面白い設定でも考えようか?」
「設定?」
「ん……たとえば、そうだな。新人リーマンの千秋が先輩である俺に、仕事を教えてもらう見返りに、自分の躰を提供するとか」
何て、えげつない設定なんだ――。
「他には取引先と仕事の契約を交わすべく、自分の躰を提供して確実なものにする、なぁんていうのはどうだろうか」
「ちょっと待ってくださいって。どうして俺の格好ひとつで、そんな設定になっちゃうんですか?」
「君のその姿が、そういう妄想をかきたててくれるから。さて千秋は、どっちの設定がお好みかな?」
うわぁ久しぶりに投げつけられる、無茶振りの選択肢問題だよ。俺の性格じゃあ、どっちも似合わないというのに。
「ちなみに、どっちも断ったら帰れないと思った方がいい。というか、帰さない絶対に!」
しれっとした顔で言い切った穂高さんを、顔を引きつらせて見上げるしかない。ワガママな恋人を持つと、本当に苦労する(しかも変な場面限定!)
「じ、じゃあ……取引先のヤツでお願いします」
頭の中でどちらにしようかなと選択肢を交互に光らせてみたら、歌い終えたときに残っていたのがそれだったので、仕方なく告げてあげた。穂高さんの嬉しそうな表情が、本当に憎らしく見える。
「紺野くん、君はウチと契約したいんだよね? その意味、分かってるのだろうか?」
嬉しそうな表情をキープしたままいきなり始まってしまった寸劇に、頭を抱えたくなる。
「や……あまり分かりたくないかも、です。申し訳ありません。新人なもので、理解が追いつかなくて」
「君のところの社長が私の趣味を理解しているからこそ、寄こされたというのにな」
ふっと笑ったかと思ったら、肩に置いていた両手が躰のラインをなぞるように、ゆっくりと下ろされていった。スーツの上からだから、いつものように感じることはないけれど、この行為は明らかに――。
「止めて下さい、セクハラですよ!」
何だか、出逢った当時を思い出してしまう。こういう雰囲気に持ち込むのが、本当に上手いったらありゃしない。
「訴えるならそうすればいい。だがそれをしてしまったら、契約は当然なしだ。紺野くん、それでいいのかな?」
「ぅ……それは汚い。ズルいですよ、もう!」
「へぇ。取引先のお客様に向かって、そういう口の訊き方をするなんてダメな新人だな。正しいことを君の躰に、しっかり教えてあげないといけないね」
怒りで頭に血が上っている間に、上着のボタンが外されただけじゃなく、ワイシャツのボタンまでもが数個外されていて、その隙間から手を入れようとしていることに、やっと気がついた。
「ちょっ、いつの間に!?」
「怒って我を忘れる、君が悪いんだよ。触ってくださいと、主張しているように見えてしまった」
忍び込んできた手がゆっくりと侵入してきて、指先が胸の頂に触れる。
「やあぁっ! だっ、ダメ……」
射精を伴わない絶頂を覚えてから、ますます躰の感度が上がってしまって、敏感な部分に触れられると立っていられなくなる。
だからこそ両手を使って穂高さんの手を退けようとしたけれど、上手く力が入らないせいで退けることもできない。
「お願いで、す……井上さんっ、触らないで……くらさい」
必死になって頼みこんでる間に、執拗に指先を動かし続ける。それに感じまくって、最後の方は口が回らなくなってしまうなんて。
「触らないでと言っているが、少ししか触れてないのに紺野くんのココ、すごく硬くなっているよ。随分と感じやすい躰をしているんだね。営業向けに、誰かに開発されたんだろうか?」
瞳を細めて乱れる俺を眺めつつ、更にワイシャツのボタンを外して大きく開かせると、穂高さんの両手が背中の素肌になぞるようにそおっと触れた。
「ンンっ!」
「気持ちいいのかい? いちいち躰をビクつかせて、本当に可愛いね紺野くん。この淫らな躰は、どこが一番感じるんだろうか」
――そんなの一番、穂高さんが分かってるクセに!
そう口に出して答えてやりたいのにそれをさせてくれないのは、穂高さんの責めがどんどんキツくなっていくから。
「ぁ、ああっ……やん、やめっ」
自分の下半身を俺の下半身にぎゅっと押しつけながら、ゆっくりと上下に擦りつつ、耳朶を口に含んでイヤらしく音を立てながら弄ぶ。
いつもよりスローな感じでクチュクチュとねぶるように吸い上げられただけで、腰がじんじんして堪らなくなっていく。全然触れられていない躰の奥の方も、穂高さんを欲しがるように疼いているのをひしひしと感じとってしまった。
ほんの少し肌に触れられているだけなのに、息を乱してあからさまな反応して、何てイヤらしい躰になっちゃったんだろ。
これ以上は堪えられない――耳朶の責めを何とかすべく首を横に何度か振って、やり過ごしてみる。スタイリング剤でまとめていた髪の毛が、少しだけ乱れながら額の上に落ちてきてしまった。
「あっ……や、…だぁ……っ、もぉ……これ以上、は、ほらかさ……」
もう立っていられなくなり穂高さんに抱きついたら、肌を撫でていた手がやっと退けられる。
安堵のため息をついて俯いた視線の先は、ネクタイはつけたままなのに、だらしなく大きく開かれたワイシャツから覗く、自分の肌が思いきり見えている状態だった。
取引先の会社の一室で、こんな姿になってるところを誰かに見られたりしたら、間違いなく死ねる! お客さんの前で腹芸してました、なぁんて冗談を言えるような格好じゃないのは明らかだし何より……、自分から脱いで、誘ったんじゃないかという風に見えなくもない。
「いいかい、千秋。この格好でその顔を、俺以外に見せたらダメだよ」
頭上からかけられた声に顔を上げたら、困惑の色をありありと浮かべた、穂高さんと目が合った。
「えっと……なに?」
乱れているのは身体だけじゃなく、心も乱れているせいで、穂高さんの告げた言葉の意味が、イマイチ理解できず首を傾げるしかない。
「……その表情に掠れた声、かなりヤバイね。しかもさっきのような、俺を求める眼差しを向けられたら、男女問わずに千秋を襲ってしまうと言っているんだよ。その格好で淫らになってる君を、とことんまで責め立てた挙句に、イカせてやりたいって誰もが思うだろう」
参ったと言いながら、額にちゅっとキスを落してくれた。
実際に俺だって相当参ってるし、何よりこんな風にさせた原因を作ったのは、変な設定を考えついた穂高さん自身なのに――何か悔しい、このまま流されてしまったら、思う壺だと思う!
(――さて、どうやって穂高さんを翻弄してやろうかな)
「分かったかい、千秋?」
見下ろしてくる視線をじっと見つめ返してから、ワザとらしくすっと逸らしてみた。
「ち、あき?」
「……そんなことを言って、契約結んでくれないんでしょ。井上さぁん」
自分なりに必死になりながら、鼻にかかったような甘えた声を出してみる。寸劇リスタートだよ、穂高さん。
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