150 / 175

急転直下12

***  結局、到着時間ギリギリに船着場に辿り着いた。  慌てて走ったせいで髪はぐちゃぐちゃ、額には汗が滲んでいる始末。真っ白いシャツに汗染みができていないかを注意しつつ、手櫛で髪の毛を整えた。 (――まるで、遅刻間際に現れた彼氏みたいだな……)  キャメル色の綿パンに泥が跳ねていないかをチェックしていたら、目の前を人が横切って行く。到着したフェリーから、乗客が降りはじめたようだ。  途端に心臓がばくばくと駆け出していくとともに、滲んでいた額の汗がつーっと流れ落ちた。手の甲でそれを拭ってから、両手で頬をばしばし叩いて気合を注入する。  千秋に頼りにされているんだから、怖気づいてる場合じゃない。  ゴールデンウイーク前後は、フェリーの乗客がいつもよりも多い。島の中央にある小高い丘に綺麗な花を咲かせる植物があり、それを見にやってくる写真家や観光客がいる。  そんな大勢の乗客の中から、目を凝らして千秋のお父さんを探した。第一声はどうしようかなんて、考えている暇はまったくない。  すると乗客がまばらになる最後の方になったときに、ゆっくりとした足取りで島に降り立った姿を確認した。何とか心を落ち着けながら、素早く駆け寄る。 「紺野さんっ!」  声をかけた俺を、スマホを片手にチラッと見るなり眉間にシワを寄せて、あからさまに渋い表情を浮かべた。 「ようこそ!! 今日はお天気が良くて、最高の観光日和ですね」 「…………」 「スマホでわざわざ調べなくても、ご案内しますよ。遠慮なく行先を仰ってください」  お父さんは俺の声を無視して、小高い丘に向かっていく乗客とは反対側の道を、無言で突き進んで行ってしまった。  行き先はきっとあの場所だろう。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!