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急転直下13
「千秋の職場なら、ここから歩いて十分くらいのところにあるんですよ」
並んで歩きながら告げると、あからさまに顔を横に背けられてしまった。
こんな態度をとられるのは、いた仕方ない。前回千秋のことをかっさらった状態で実家を出てきたのだから。
「小さな島ですが、農業も漁業もそれなりに盛んなんです。ですから、千秋の仕事が大変みたいです」
「仕事をしているところを見ていないというのに、どうして大変だっていうのが分かるんだ?」
いきなりなされた疑問に、苦笑を浮かべた。何はともあれ、食いついてくれて良かった。
「確か従業員の五名で、三百五十人分の書類を捌かなければならないそうですよ。これって相当大変ですよね」
「…………」
「一緒に仕事をしている方が揃って優しく教えてくれるから、楽しく仕事ができると言ってました」
千秋からの情報を、ちょっとずつお父さんに知らせてみる。表情は相変わらず硬いままだが、何も知らない状況よりはいいだろう。
「折角紺野さんが島にやって来たのに、仕事の関係で抜け出せなくて、すごく残念がっていました」
「勝手に見て、直ぐに帰ると伝えてある」
「逢いたいって言ってました。逢って話がしたいって――」
本当の親子じゃないと分かってから、千秋なりに何か思うことがあるらしく、それについて俺とたまに話し合うことがあった。だからこそ千秋の気持ちを何とかして伝えてあげたいと考えて、この台詞を告げてみたのだが。
(――表情が相変わらずで、何を考えているのか読めやしない)
「ああ、もう少ししたら建物が見えてきますよ。銀行の隣にあるレンガ色の建物が、千秋の職場です」
リアクションの薄さに落胆しつつも、微笑みを絶やさず建物に指を差した。
一本道だが一応メインストリートになる道路に、島にとって主要な企業が並ぶように建てられていた。なのでスマホの案内がなくても、迷うことがないのである。
五十メートルくらい手前で立ち止まり、そこからじっと建物を眺める姿にあえて声をかけず、一緒になって佇んでみた。
(本当は中に入って、千秋の顔を見たいだろうな――)
ま、これは俺の願望でもある。何かに頑張っている千秋は、食べてしまいたくなるくらいに、とても魅力的だから。
「あれは……何か言っていたか?」
「あれ?」
きょとんとして自分よりも背の低いお父さんを見下ろしたのだが、眉根を寄せたまま押し黙ってしまった。
「あの……何のことを、お知りになりたいのでしょうか?」
抽象的すぎる言葉に上手く答えられないと考えて、思いきって訊ねてみる。
「義母から聞いたんだ。本当の親子じゃない真実を打ち明けたと。実の親じゃない俺に育てられて、千秋はきっとショックを受けていただろう?」
沈んだ声色を聞きながら、首を横に振ってみせる。
「むしろ謝っていました。お父さんは大切に育ててくれたのに、その思いに応えることなく、反対されるような道ばかりを進んでしまって、済まないと言ってました」
「そう、か――」
「千秋が通っていた大学。どうしてそこを選んだのか、ご存知でしょうか?」
反対された要因の一つ、千秋が通っていた大学について訊ねてみることにした。
「進学の話し合いで学校に行ったとき、それについて訊ねてみたが、千秋のヤツに頑なに拒否されてしまったんだ。ただ通いたいからの、一点張りを貫かれてしまって……」
その言葉に思わず、声を立てて笑ってしまった。そんな俺を、不機嫌な表情で睨んできたお父さん。当然だろうな――。
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