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Final Stage 第7章:愛をするということ6
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「すっかり遅くなっちゃったけど、大丈夫?」
「隣に千秋がいれば問題ない、大丈夫だ」
これからずっと一緒にいられるというのに俺たちは手を繋いだまま、実家に置いてある車を目指して歩いていた。通りに誰かいたとしても、繋いだこの手を離さないだろう。
「穂高さん、ありがとね。いろんな気持ちにさせちゃったけど、俺の家族に逢ってくれて嬉しい……」
「ふっ、千秋の心が、キレイな理由が分かってなによりだった。さて、これからどうするつもりなんだい?」
隣にいる穂高さんを見上げると、傾きかけた太陽が栗色の髪に反射して金色に見えた。それは親子の証――イタリアにいる本当のお父さんと、同じ髪色なんだよな。
残念ながら俺には、そういう物はない。紺野のお父さんとの結びつきは、戸籍上だけ。温度(ぬくもり)を感じることができない紙の結びつきのみで、穂高さんの髪とはえらい違いだ。
「ハハッ。どうすればいいのか、サッパリ分からないや」
「分からないと言いつつ、随分と嬉しそうな顔をしているね」
「嬉しいよ、だって……。穂高さんとこれから一緒に暮らすということは、家族になるってことでしょ?」
大きな影が目の前に差し込む。実家にある門扉がそこにあった。
「……千秋と家族になる」
穂高さんは口元に笑みを浮かべたまま噛みしめるように呟き、瞳を揺らめかせる。
「血の繋がりのない俺たちが家族になれるんだから、余計なことをゴチャゴチャ考えなくてもいいのかなって思うんだ」
「そういうものだろうか」
「だって穂高さんと藤田さんは血の繋がりがないのに、俺から見てもしっかりと兄弟しているよ。羨ましいくらいにね」
ばあやが穂高さんに答えを言わないようにした理由は、そこにあるんだろうなって考えてみた。血の繋がりのない家族の中で、彼なりに必死に愛情を注いでいる話を、俺は見聞きしているのだから。
「穂高さんと同じように、俺もお父さんに愛情を与えてみたい。どうすればそれを与えられるのかは分からないけれど、頑張ってみたいって思ってる」
「だったら競争しようか、千秋」
右手をピストルの形にするとそれを空に向けながら、楽しげに提案した。
「競争って、なに?」
「千秋のお父さんは、俺にとってもお父さんになる。正直なところ色々やってしまったハンデはあるが、息子になりたいという気持ちは君に負けないつもりだ」
笑いながらバンッと言い放ち、勝手に用意ドンしてくれてもなあ。
「どうしたんだい、不安そうな顔をして。穂高さんに負けちゃうかも、なんて思っていたりするのだろうか」
「確かに一瞬思ったよ。俺よりも人生経験が豊富だし、変なトコにかけては鼻が利くから読みが当たるせいで、うまくいっちゃうかもって考えたけど」
「変なトコを褒められても、あまり嬉しくないのだが……」
微妙な表情を浮かべた穂高さんを、自分なりに真剣な顔をして見上げた。
「相手が穂高さんでも、俺は負けないよ。今まで無償の愛を注いでくれたお父さんに本当の息子になるべく、愛を贈ってあげなきゃいけないのが分かったから……。分かったのに、何からすればいいのか分からないのが、実のところ問題だけどね」
勢いよく言いはじめたのに語尾に向かっていくに従って、どんどん声が小さくなる意気消沈気味の俺を見ながら、穂高さんはプッと吹き出した。
「おばあさんは答えを言うのはダメだと仰ったが、手伝うことについては何も言わなかったね」
「あ、そういえばそうかも」
「ふっ、ライバルである俺と手を組むというのはどうだい? 勿論、タダじゃないが――」
口元に意味深な笑みを浮かべてる時点で、イヤな予感しかないよ。
「もしかして、いつもの究極の選択じゃ……?」
「究極でもないよ。俺の誘いに、向こう半年間は断らないだけだ。一緒に気持ちよくなるワケだし勿論、君の体調をきちんと見て誘うという特別な配慮もするしね」
(――配慮は嬉しいけれど、半年ってムダに長くないだろうか?)
「千秋のドライとウェットの違いを見極めるべく、きちんと攻略したいからね、何としてでも。こればかりは経験を重ねないと、まったく分からなくて困っ――」
「穂高さんのバカッ。そんなことのために、俺と手を組みたいの!?」
「ああ、お父さんとの関係よりも大事なことだからね。当然だろう」
形のいい眉毛をひょいと上げて格好よく言い放っても、内容がえらく残念なことをきっと理解していないと思われる。そこが穂高さんらしいといえば、そうなんだけど。
だから目が離せないんだよな。しょうのない人――
呆れて俯いたままでいる俺の視線に映ったのは、繋がれたままでいる手のひら。
気分が良くても悪くても、どちらかが差し出せば自然と繋がれることが確約されているそれを、お父さんとも築いてみたいな。
「穂高さんとの協定は、この繋がれてる手のひらにお任せということで了承してもらいたいんだけど、他にもちょっとした夢ができちゃって」
「なるほど、まさに手を組んでますっていう状態だしね。そこにもっていきながらの夢の話というのは、俺に手を貸せということだろうか?」
繋いでる手のひらをブラブラさせつつ、嬉しそうに訊ねてくれた。その視線には応えずに、門扉の中にある大きな家に目をやる。
「そういうんじゃないんだけど……。あのね、ばあやから本当のお父さんの話を聞いたからこそ、お母さんからも聞いてみたいなって思ったんだ。当事者のふたりにしか分からないことだって、たくさんあるだろうし」
ブラブラしていた手のひらの動きがすっと止められ、ぎゅっと握りしめられた。
「穂高さん?」
「……それはきっと、酷なことになるかもしれないね。ご両親揃って隠していたのが、その証拠という感じもするし」
「うん、そうかもしれない」
隣にいる穂高さんに視線を移したら、さっきの俺と同じように家を見る姿がそこにあった。眉根を寄せながら目を細めて眺めている様子に、何かを思い出しているのだろうと予想できた。
「俺の母親は、イタリアにいる父親について何も語ろうとはしなかった。俺が見た目で苛められたときに一度だけ、父親がイタリア人であることを教えてくれて、初めて自分が生粋の日本人じゃないのが分かったくらいだからね。つらい別れをしたからこそ、思い出したくない気持ちが強くて言えなかったんだろうなと母親が亡くなった後、父親に詳しい話を聞いて考えさせられたんだよ」
ああ、亡くなったお母さんを思い出させてしまったんだな。ゴメンね、穂高さん――。
「千秋、そんな顔をしないでくれ。いいこともあったんだから」
「いいこと? 本当に?」
眉根を寄せてつらそうにしていた顔が一転、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた表情に早変わりする。
「ん……。イタリアの父親に逢いに行ったときに、一緒にワインを呑みながら母親の話をたくさんしたんだ。失ってしまった時間を繋げるみたいになったんだが同時に、大切な人を思い遣る気持ちのお蔭で、お互いの心が通じ合えた気がしてね。とても幸せな時間を、父親と過ごすことができたんだよ」
「それは、素敵な時間が過ごせたんだね」
「この話を、君のお母さんにしてみたらどうかなと考えてみたのだが、どうだろうか? イマイチ説得力はないかもしれないが、重たい口を開くキッカケになればいいな、と」
嬉々とした顔をして提案する穂高さんを見て、改めて思った。この人に出逢ったのはやっぱり必然だったのでは、なんてことを――。
俺の欠けている部分を、必ずといっていいほど埋めてくれる。足りない物が分かった上で、ここぞとばかりに補ってくれるそれに、いつも甘えてばかりで申し訳ないよ。
「ん? どうしたんだい、千秋?」
「穂高さん俺、貴方に出逢えて良かったです。好きになってくれてありがとう……」
貴方が灯してくれた恋の炎が心に燃えているお蔭で、いつもぽかぽかしていてあたたかくて他の人にも家族にも優しくできる、自分がいるだけじゃなく――。
「千秋こそ、好きになってくれてありがとう。これからもヨロシク頼む」
こうして傍に寄り添っていてくれるから、どんな困難にも負けない強さを持つことができたんだよ。
噛みしめるように呟いた穂高さんの手を引き寄せて、くちびるをそっと重ねた。永遠の約束を交わすように。
この先の未来、どうなるのかなんてまったく未知数で分からないけれど穂高さんと家族になって、幸せになることは間違いないと言いきれる。
その幸せをちょっとでもいいから理解してもらうべく、心に灯した炎をお父さんとお母さんにも分けてあげたい。
「こちらこそヨロシクね。人生経験が豊富じゃないんで、迷惑ばっかりかけちゃうと思うけど」
「迷惑をかけるのはお互い様だろう。大丈夫だ、俺たちなら。ね――」
そろそろ行こうと言って繋いでいる手を引っ張り、先に歩きだす大きな背中をじっと眺めた。
この人と一緒に伝えていきたい、相手を大切に想う気持ちのすべてを。だから頑張って生きていこうね、穂高さん。ふたり仲良く並んでいけたらいいな――。
【Fin】
※本編で回収できなかったフラグを、このあと番外編にて掲載していきます。長々と残り火にお付き合いくださり、ありがとうございました。
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