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残り火本編第一章 火種4
***
あの後、何事もなかったように自宅近くまで送ってもらい、車から降りた。
「じゃあね、千秋。また明日」
井上さんは目を細めて微笑みながら言う。そして勢いよく赤い車が去って行く様を、ぼんやりと眺めた。峠での情事が夢の中の出来事のように感じてしまうくらい、あっさりとした別れだ。
「また明日って、……店に来るってこと、だよな」
俺をモノにするとハッキリと宣言したんだから、間違いなく毎日店に通ってくるだろう。
それってまんま、ストーカーじゃないか。気持ち悪いな。
男に交際を迫られて、すっごく困ってるんです!
……なぁんて警察に駆け込んだら、いい笑いネタにされそうだ。頭、大丈夫ですか? と違う心配もされそう。
イヤな寒気がする自分の身体を抱きしめながら、やっとのことでアパートに辿り着き、家の中に入って真っ直ぐに洗面所に直行し、急いで口をゆすぐ。
あの人のDNAが口の中に残ってるみたいで、何度も口の中を洗い続けた。
貪るという感じで俺にあんなキスして迫ってくるなんてホント、頭がおかしいとしか言いようがない。
そんなイヤな気分を払拭すべく、さっさとシャワーを浴びた。
寝る前に冷蔵庫にある麦茶を飲んでから、ふかふかの布団に身体を潜り込ませる。日頃の疲れと井上さんに翻弄された精神のお陰で、難なく眠りにつくことが出来たのに――
『好きだよ。……千秋』
聞き覚えのある低くて艶っぽい声。反論してやろうと顔を上げたら、細長い指が俺の顎を掬った。
「俺は、アンタのモノにはならない!」
睨みながら語気を強めて言い放ち、触られている顎を外して立ち去ろうとした途端、身体が突然動かなくなる。
「何だ、こりゃ!?」
いきなり目の前に現れた柱に紐のようなもので固定され、グルグル巻きにされてしまった。あがいてみても、全然ビクともしない。
『可愛いね、千秋。そうやってガマンしている姿、堪らないよ』
「ガマンなんてしていません、外してください!」
『イヤがる素振りを見せながら、気を惹くなんて悪いコだ。ココをこんなにさせて……』
意味深に口元を歪ませながら車の中と同様に、自分の下半身をグイグイ押し付けてくる井上さん。残念な事に今回は裸なので、感覚がダイレクトに伝わってしまった。
「やめてっ、くださ、……い、ぃ、やだっ、……くっ!」
『逃がさない。俺のモノにする』
身体をビクつかせる俺を見下ろし、低い声で言い放つと、貪るようにキスしてくる。出し入れされる舌と下半身と手を使って、追い詰められていく身体。理性という言葉を一文字残らず拭い去る行為に、自ら腰を動かしてしまった。
「あぁっ、……んあっ、もぅ……」
『コッチへおいで、千秋。もっと可愛がってあげるよ』
コッチってどっちだよ。何なんだ、一体……
「……ひっ、い、イクっ……」
目をぎゅっとつぶった次の瞬間、身体が一気に解放された。その感覚にパッと目が覚める。
「夢、……だったのか、焦った……」
額に滲んだ汗を拭い、傍にある時計を見るとまだ午前四時過ぎ。ゆっくり寝ていたかったのに。
……あの人の声が。――井上さんの声が耳について離れない。俺の心に忍び込むような低い声色。妙な味のキス……現実で行われた事が、身体に残っているせいだろうか。
「夢とはいえ、あの人にイかされるなんて屈辱だ」
あえて言うなら、夢の中の出来事でよかったのかもしれない。現実で行われてしまったら、正直笑えないことだから。
諸事情で濡れてしまった下半身に顔を引きつらせながら、ゆっくりと立ち上がり、朝っぱらからシャワーを浴びることとなってしまった。
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