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残り火本編第一章 火種6

***  自分のロッカーの前で、ぼんやりと立ちつくす。どれくらい時間が経っただろうか。  外で待ってると言った井上さん。帰ってくれたら、すごく嬉しいのに。  しぶしぶ私服に着替えてから重い足取りで外に出ると、赤い車の前で美味しそうに煙草をふかしていた。その姿を横目で捉えつつ、颯爽と歩いて帰る。 「千秋、お疲れ様」  後ろから声をかけてきたけど、迷うことなく無視してやった。 「送ってあげるよ、車で」 「結構です。すぐ傍なので大丈夫です」  断ったというのにしっかり隣をキープして、並んで歩くなんて。 「そうか。じゃあ途中まで」  口に咥えていた煙草を美味しそうに吸ってから、煙を夜空に向かってふーっと吐き出す姿に、ぎゅっと眉根を寄せてやる。煙たくないけれど、心情的には横で吸ってほしくない。 「途中までって、ついて来ないでください」 「悪いね。俺の散歩コースが、ここなんだ」  イヤそうにする俺をどこか嘲笑うように、じっと見下ろしてくる。  何なんだ、散歩コースって。無理矢理な言い訳を作っちゃって。 「だったらひとりで、散歩したらどうですか?」 「少しでも一緒にいる理由、作ったらダメなのかい?」  さっきよりも低い声で告げてから、煙草をくちびるで噛みしめた姿に、嫌だと示すべく、うんと眉根を寄せてみせる。 「昨日みたいな君のイヤがること、絶対にしないから。……ただ並んで歩くだけ」  あんな事しておいて、よくそんな嘘がつけるな。 「信用、出来るわけないじゃないですか」  顔を思いっきり背けて言ってやると、はーっと深いため息をつく。 「嫌われちゃったみたいだな、当然か」 「当然ですっ!」 「だって、千秋のことが好きだから。止められなかったんだ」 「だからといって、それを押し付けてられても迷惑なんです。好きでもない相手にキスされる、こっちの身にもなってください」  吐き捨てるように言ったら、大きな背中を丸めて、瞬く間にしょぼんと小さくなった。 「ん……。俺って酷いヤツ、だよな」  あ、あれ、ちょっと強くいい過ぎた?  しかも何気に、涙目になっているような? 「それじゃあ、ここで。おやすみ千秋」  フォローしようか迷っていたら、踵を返して颯爽と帰って行く。その場所はちょうど、車で送ってくれた所だった。  被害者みたいな顔して、おやすみを言った井上さん。あんな態度をされると何だか、自分が悪いことをしたみたいに感じるじゃないか。  そんなやりきれない思いを、足元に落ちている小石を蹴飛ばして払拭してみたけど、気分は最悪な状態のままで落ち着かず、しばらく眠りにつくことが出来なかった。

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