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残り火本編第一章 火種6
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自分のロッカーの前で、ぼんやりと立ちつくす。どれくらい時間が経っただろうか。
外で待ってると言った井上さん。帰ってくれたら、すごく嬉しいのに。
しぶしぶ私服に着替えてから重い足取りで外に出ると、赤い車の前で美味しそうに煙草をふかしていた。その姿を横目で捉えつつ、颯爽と歩いて帰る。
「千秋、お疲れ様」
後ろから声をかけてきたけど、迷うことなく無視してやった。
「送ってあげるよ、車で」
「結構です。すぐ傍なので大丈夫です」
断ったというのにしっかり隣をキープして、並んで歩くなんて。
「そうか。じゃあ途中まで」
口に咥えていた煙草を美味しそうに吸ってから、煙を夜空に向かってふーっと吐き出す姿に、ぎゅっと眉根を寄せてやる。煙たくないけれど、心情的には横で吸ってほしくない。
「途中までって、ついて来ないでください」
「悪いね。俺の散歩コースが、ここなんだ」
イヤそうにする俺をどこか嘲笑うように、じっと見下ろしてくる。
何なんだ、散歩コースって。無理矢理な言い訳を作っちゃって。
「だったらひとりで、散歩したらどうですか?」
「少しでも一緒にいる理由、作ったらダメなのかい?」
さっきよりも低い声で告げてから、煙草をくちびるで噛みしめた姿に、嫌だと示すべく、うんと眉根を寄せてみせる。
「昨日みたいな君のイヤがること、絶対にしないから。……ただ並んで歩くだけ」
あんな事しておいて、よくそんな嘘がつけるな。
「信用、出来るわけないじゃないですか」
顔を思いっきり背けて言ってやると、はーっと深いため息をつく。
「嫌われちゃったみたいだな、当然か」
「当然ですっ!」
「だって、千秋のことが好きだから。止められなかったんだ」
「だからといって、それを押し付けてられても迷惑なんです。好きでもない相手にキスされる、こっちの身にもなってください」
吐き捨てるように言ったら、大きな背中を丸めて、瞬く間にしょぼんと小さくなった。
「ん……。俺って酷いヤツ、だよな」
あ、あれ、ちょっと強くいい過ぎた? しかも何気に、涙目になっているような?
「それじゃあ、ここで。おやすみ千秋」
フォローしようか迷っていたら、踵を返して颯爽と帰って行く。その場所はちょうど、車で送ってくれた所だった。
被害者みたいな顔して、おやすみを言った井上さん。あんな態度をされると何だか、自分が悪いことをしたみたいに感じるじゃないか。
そんなやりきれない思いを、足元に落ちている小石を蹴飛ばして払拭してみたけど、気分は最悪な状態のままで落ち着かず、しばらく眠りにつくことが出来なかった。
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