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残り火本編第一章 火種7

***  それからというもの、毎晩飽きずにやって来て、いつも通り煙草を買い、外で出待ちされる日々が続いた。  深夜の午前一時なのに、よくやるよ。  呆れながら今日も、何故か一緒に帰っていた。宣言どおりに、手を出さずにいてくれるので安心してる。  それと……一緒にいる時は、煙草を吸わなくなった。  すっごく美味しそうに吸ってる人なんだから、きっと我慢しているんだろう。 「今日は、忙しかったのかい? 疲れた顔してる」  そしてワザとらしく、顔を覗き込んできた。  それに対し、無言で顎を引いてやる。毎日こうやって、顔を突き合わされたら、何をしていても疲れるっちゅーの。 「ちょっとだけ、忙しかった、です……」  だけどそれを口に出来ないのは、井上さんがすっごく悲しそうな目をするから。あれを見せられると、言葉が出てこなくなるくらい、自分を悪く感じてしまうんだ。 「疲れが取れるマッサージ、してあげようか?」  何故か、クスクス笑いながら言う。それって絶対、アヤシイものに違いない! 「結構です。寝れば疲れは取れるんで」 「いいな、若いって」  気がついたら自然と、会話に巻き込まれてしまって。それはけして楽しいものではないのに、何故か返事をしている自分。 「……井上さんは、疲れないんですか?」 「ん?」  俺が話しかけたのが嬉しかったのか、すっと目を細めて、微笑みを口元に湛える。 「だって俺、ずっと素っ気ない態度とっているのに。気を遣って、煙草も吸ってないし」  イヤイヤ会話してるのを、きっと肌で感じ取ってるはずだ。 「確かにね。煙草は君が嫌がってるのが分ったから、吸っていないだけだよ。これ以上、嫌われたくないから」 「そうですか……」 「今はこうやって、傍にいられるだけで幸せ、かな」  あからさまな態度をとっている、俺と一緒にいて幸せって。 「同じ空間で、同じ空気を吸えるだけでいい。オマケに、会話も成立しているし、俺としては満足だよ」  噛みしめるように呟くと、ぴたりと足を止めた井上さん。 「それじゃあ、千秋。また明日」  いつも通り踵を返して、帰りながら煙草に火をつけ、歩いて去って行く。  こんなこと、いつまで続けるつもりなんだ。あの人――  困り果てて、その場に立ちつくしていたら、ふっと振り返る。目が合うと柔らかく微笑んで、手を上げてきた。 「わざわざ、見送ってるワケじゃないのに。何やってんだ」  上げかけた右手を慌てて引っ込め、向きを変えて、自宅に向かう。頬にじわりと、熱を持ってしまった。

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