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残り火本編第一章 火種10

(――すっごくあったかい、どうしてだろう?)  深く寝入ってしまったせいか、まぶたが重くて開けられず、そのあたたかさに身をゆだねていた。  包み込むようなそれに、両腕でぎゅっとしがみつくと、今度は身体を揺さぶられる。そのあたたかさが心地よくて、どうしても離れたくなかったから、寄り添うように引き寄せると、くちびるが何かに触れる感覚。触れたと思ったらすぐに離れてを、何度か繰り返した。  それがくすぐったくて眉根を寄せながら肩を竦めると、耳に何かが聞こえてきたのだけれど。……それが何を言っているのかが、全然分からない。 「う、……ん?」  その声の正体が知りたくて、やっと声を出してみる。だけど答えは返ってこなくて、柔らかい何かが、閉じていたくちびるを強引にこじ開け、ぬるりと忍び込んできた。  俺の舌にそっと触れるだけで、その動きはこわごわといった感じ。何だかもどかしくなってきた。 「……んっ、あぁっ……」  そんなんじゃなく、もっと触れてほしい。――遠慮しないで、求めるように絡ませて、もっともっと煽ってほしい。  堪らなくなって、その舌に自分からぎゅっと絡ませる。掴んでいる手に力を入れて、あたたかい何かを、更に引き寄せてみた。 「うぅっ、ち、あき。……っ――」  鼻にかかった甘ったるい声に、パッと目が覚める。整った穂高さんの顔が、目の前に飛び込んできた。  何でこの人がこんなところに。――ってそういえば、具合悪くなって泊めたんだった。  ぼんやりしている俺を、穂高さんがじっと見つめる。何故だかくちびるが触れそうな至近距離で。 「おはよ、やっと起きたね。目覚ましのアラームが鳴ってるのに、なかなか起きないから。大学は大丈夫なのかい?」 「えっと。……確か、昼からなので大丈夫かと」  寝起きで頭が、上手く回らない。確か暖を取らせるのに俺は仕方なく、布団に入ったんだよな。 「そう、よかった。じゃあもう少しだけ一緒にいてもいいかい? さっき会社に電話して、休みを貰ったんだ」  右手で俺の頭を優しく撫でながら、首筋に顔を埋めるように、ぎゅっとくっついてきた。くんくんと鼻を鳴らす。 「千秋があんな風に、積極的に迫ってくるなんて、まるで夢みたいだった。俺の気持ちを分かっていると言ったのが、しっかりと伝わってきたよ」  分かったとは言ったけど、適当に言った言葉が、どうして歪んだ状態で伝わってしまったんだろう? 「声をかけても、身体を揺すっても全然起きなかったから、思いきってキスしてみたら、あんな風に求められるとは。俺のこと、好きになってくれたのかい?」  ――キスしてみたら、あんな風に求められるとは。  穂高さんの言葉が、頭の中でぐるぐるとリピートし、目眩がしてきた。  しかもさっき自分がしでかした行為を、事細かに思い出し、後悔しまくっていたら、肩口にくちびるを押し当ててくる。 「かっ!?」  咬まれるかも――。  痛みに備えて、ぎゅっと目を閉じたら、思っていたよりも痛くなくて、耳に聞こえてきたのは、ちゅーっという吸う音だけ。 「咬み痕、だいぶ薄くなってしまったようだから、代わりに付けておくよ」 「付けないでくださいっ。俺は誰のものにもならないって、言ったじゃないですか」  起き上がろうとした身体を、強引に押し止められる。両腕を掴まれて、ベッドに押さえつけられてしまった。 「じゃあさっきの、キスの意味は何?」  それを聞かれると、何と応えていいのやら。寝呆けていましたと素直に答えたら、間違いなく笑われるであろう。そんなミスは、絶対にしたくない。 「……好きな女のコとキスする夢を見ていた、みたいな」 「へえ、そう。片想い?」 「や、その、穂高さんには関係ないでしょ。離してください」  何故か、耳元で尋問される。低くて艶のある声が、心の中に沁み込んでくるみたいだ。 「女のコとスルよりも気持ちイイこと、俺なら出来るけどね」  吐息混じりに告げられ、耳たぶにくちびるが押し当てられる。それだけでゾクゾクしたものが、背筋を走り抜けた。 「やっ、やめ……」 「感じやすい千秋の肌に舌を這わせて、とことん感じさせてあげるよ。どこまでも。――俺がどんなに君を想っているのか、自分の身体を使って分からせてあげようか」 「かかっ、風邪はどうしたんですかっ? 俺を襲うために、会社を休むなんて詐欺ですよ!」  慌てふためく俺を、わざわざ身体を起こしてじっと見つめ、その様子がおかしいと言わんばかりに、目元を細めて笑い出す。 「風邪は、千秋の看病のお陰で半分は治った。だけどまだ、頭がフラフラしているから。手っ取り早く治すのには、君の鍵穴に俺のマスターキーを挿し込んで、ひとつになれば治るかなぁと思ったんだ」  考えたくないことをぼかしながらも、さりげなくもろに言われてしまい、口をぱくぱくと無意味に動かすしかなかった。 「顔、真っ赤だね。可愛い……」 「だっ、だだだ……」  押さえられた両手首が、痛いくらいに握りしめられる。閉じていた足に、穂高さんの片脚が無理矢理入ってきて、簡単に押し広げられてしまった。 「大丈夫、力を抜いて」 「や、やめっ、……ダメ」 「ダメって言っているが、身体は正直だからね。それともそんなことを言って、ワザと煽っているつもりだったりするのかい?」  見下ろしていた顔が、徐々に近づいてくる。このままじゃ―― 「好きだよ、千秋」  低い声で告げられ、くちびるに穂高さんの息がかかった瞬間、グーッとお腹から音が鳴った。もちろん俺のお腹からじゃない。  まじまじと目の前にいる穂高さんの顔を見たら、首まで真っ赤にして困った表情を浮かべたのだった。

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