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残り火本編第一章 火種11
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呆れた、……心底呆れ果ててしまった。
「病人のクセして、どうして昨日からご飯を食べてなかったんですかっ! 休息と栄養がないと、風邪は治らないんですよ!」
「や、……食欲がなかったし、風邪薬さえ飲んでいれば、勝手に治るかと思ったんだ」
あの後、穂高さんは俺を押さえ込むのに全力を使ったらしく、ガックリと身体の上に倒れてしまったのだった。
そして現在ベッドの上に横になりながら、レトルトのお粥を食べている状態。
ふーふーして冷ましてから、食べさせている俺。――寝る前の想像が、見事に現実化してしまった。
「穂高さんって、滅多に風邪を引かないんでしょうね」
「ん……。前回風邪引いたのがいつだったのか、思い出せないくらい」
「食欲ないでしょうけどあと半分、頑張って食べてください」
体型もガッチリしているし、健康優良児なんだな、きっと。
雛鳥にエサをあげる親鳥の気分で、口にスプーンを次々と運ぶ。
「千秋が食べさせてくれるから、頑張って食べるよ」
穂高さんの朝食が終わってから、自分も昨日買ってあった弁当をレンジでチンして、黙々と食べ始めた。
「何から何まで済まなかったね、千秋」
「……別に。何となくこうなることが、予測出来ていましたので」
ベッドに横たわる病人に背中を向けて、冷たく言い放ってみせる。顔を見たら情に流されそうなので、あえて顔を合わせないようにした。
途端に静まり返る室内に、居心地の悪さをひしひしと感じ――
「あの、変なことを聞いてもいいですか?」
妙な間を何とかしたくて一旦箸を置き、思いきって口を開いた。
「なんだい?」
「穂高さんってお仕事、何してるのかなぁって」
大事なあの場面で突っ走って、力を使い果たしてしまうペース配分といい、今までの行動を見ていて、まともに仕事が出来るのだろうかと、疑問に思ったので訊ねてみたのだが。
「俺に、興味持ってくれたんだ」
嬉しそうな声が背中に届いたせいで、顔を引きつらせるしかない。きっと穂高さんは口元をいつものように、綻ばせているんだろうな。
「興味というか、昨日から今日にかけての情けない行動を垣間見て、仕事をしているところが、想像出来なかっただけです」
「ははっ、確かに。君以外にはらあんな姿を見せられないな」
喉の奥で、低く笑いながら告げられた言葉に、一瞬だけドキッとした。
「実家が、大きな会社を経営していてね、そこの跡取り息子だった。いろんなことを学ばせてもらったんだが、親父とそりが合わなくなってしまって、家を出てしまったんだ」
「へえ……」
この人の一挙一動が、他の人と違うのって、きっと育ちのいい生活をしていたからなんだな。目を奪われる品の良さが、身体から滲み出ているし。
「今は、建築関係の訪問販売員をやってる。だから断られるのには、結構慣れているんだよ」
「それで諦めも悪いんですね、納得です」
「でも断られても平気なのはやっぱり、今まで培ってきたノウハウが役に立っているからだろうな。人の心を、掴む方法を知っているからね」
何だか暗に、お前の心も掴んでやると、宣言されてしまったような……
再び箸を手にして、お弁当に入ってる卵焼きを口にしながら、ちょっとだけ振り返ると、目を細めながら、じっとこっちを見てる視線とぶつかってしまった。
「俺ね、他人と会話すると本質が分かってしまうんだ。どんな性格をしていて、何を求めているか。身なりだけで、資産状況も分かってしまう」
「なら俺が超貧乏だってことも、バレバレですね」
ワザとらしくおどけて言ってみせたのに、やけに真剣みを帯びた視線を飛ばしてきた。
「ん……。だけど君はキレイだから。心が真っ直ぐで澄んでいる。だから惹かれたんだよ、千秋」
(――どうしよう、言葉が心の中に入り込んでくる)
慌てて視線を逸らし、しっかり背中を向けてお弁当を口にした。
頬が熱い……こんな風に褒められて、嬉しくないヤツがいるだろうか。
穂高さんの優しい眼差しと艶っぽい声が、絶妙な具合で俺のことを誘う。
「……千秋、好きだよ」
この告白地獄から逃れる術はないんだろうか? ドキドキしてる胸を抱えたままじゃ、上手く頭が回らなかった。
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