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残り火本編第一章 火種21

 穂高さんとの付き合いは順調だった。順調というか、俺がただ翻弄されてるだけって感じ。  カッコイイ穂高さんに似合うようにと背伸びをしたって、無駄なのが分かっているけれど、それでも努力は怠らなかった。飽きられたり嫌われたりしないように、身奇麗にして笑顔で接して。  昔、年上の女の人と付き合って二股された挙句、ポイされた過去があるからこそ、今度は大丈夫なように細心の注意を払いながら、何とか付き合いを続けている。  だけど中には、どうにもならない出来事がある。穂高さんは、すごくヤキモチ妬きなんだ…… 「すみません、アキさん。これ、どうしたらいいでしょう?」  バイト先に後輩が入ってきた。バイト先では後輩だけど、同じ大学の学部が違う同期生。 「ああ、それはね――」  頼りない感じが、年上に何とやらと穂高さんは言ってたけれど、こうやって頼ってくれる人がいると、実際はちゃんとするんだ。  パソコンの入力画面を見ながら、隣にいる畑中 竜馬(はたなか りょうま)くんを見る。ご両親が歴史好きで、幕末に活躍したあの人と同じ名前にされたそう。 「ホントすみません、物覚え悪くて。この間、店長にも教えてもらったのに」 「大丈夫だよ。あれこれといっぺんに覚えることがあるから、しょうがないって」  事務所から店舗に移動し、店の中を見てみるが生憎、誰もいない。外は風がビュービュー吹きすさんで寒そうだし、誰も家の外には出ないのかもな。  時計を見ると、もうすぐ上がりの時間。そろそろ穂高さんがやって来る。逢えると考えただけで、口元がつい緩んでしまった。 (いかんいかん、ちゃんとした顔をしなきゃ!)  カウンターの下にしゃがみ込み、頬をぱしぱしと叩く。穂高さんのことだ、変な顔をしていたら、絶対にツッコミを入れてくるだろう。  気合を入れ直して立ち上がったとき、店の扉が開くメロディと一緒に、穂高さんが入ってきた。 「いらっしゃいませっ!」  よしよし、いつも通り出来た。  ほぼ毎日逢ってるというのに、相変わらずドキドキさせられっぱなし。 「外はすごい風だよ。今日は車で送る」 「ありがとうございます。はい」  いつもの煙草を手渡し、五百円玉を受け取った。穂高さんの指先が、氷のように冷たい。  レジに手早く金額を打ち込んで、お釣りを渡す。冷え切った手のひらを温めるように、そっと包み込んであげた。 「千秋、あったかいね。ありがと」  お釣りごとぎゅっと握りしめてから、ゆっくりと手を離していく。穂高さんの笑顔に、胸がきゅっとしなった。 「お疲れ様です、アキさん。……って、あれ?」  俺の背後を通り過ぎ、何故か戻って来た竜馬くん。そのまま手を伸ばして、髪に触れてくる。 「アキさん、どこかに潜りましたか? ゴミ付いてましたよ」 「ああ、さっきそこの棚で探し物していたから」  触られた後頭部を撫で擦りつつ、ちらっと穂高さんの方を見ると、明らかに目が怒っていた。 「分かりました。店、暇そうなんで、棚の掃除しておきますね」 「お願いするよ、お疲れ様……」  穂高さんの視線を振りきるように、急いで事務所に入った。  他人に触れられたことについて、これから非難を受け、心が荒んじゃうんだろうなぁと、容易に想像ついてしまう。  制服から私服に着替え、重い足取りで外に出た。 「お疲れ様、千秋」  助手席に座った途端、耳に入ってきた労いの言葉。妙に乾いた声で告げられたせいで、自然と緊張感が増してしまう。 「ぁ、ありがとうございます……」 「またあの男に、不用意に触られて。気をつけろって言ってるのに」  穂高さんの左手が伸びて、竜馬くんが触れた後頭部を払うように、そっと撫でる。ただそれだけなのに、鼓動が早くなるのが分かった。胸が苦しくなるくらい―― 「気をつけろって言われても竜馬くんは、そういう人じゃないですって。ゆっきーは大丈夫なのに、どうして――」 「ゆっきー? ああ、あの癖髪の強い男ね。彼はきちんと恋人がいるから。メガネをかけた、見るからに堅物そうなリーマン」  ちょっとだけイラつきながら、煙草を咥え火を点ける。  ゆっきーに同性の恋人がいる話なんて、俺は聞いてないんだけど。しかもリーマンなんて。 「何だい、その目は。数日前にここで煙草を買ったときに、君たち一緒にレジにいただろ。そのときに、堅物そうなリーマンもいたんだ。俺は千秋を見つめていたのに、ソイツに睨まれてしまってね。勘違いも甚だしい」  苛立ちながら、はーっと煙を吐き出しチラリと俺を見た。 「……千秋なんて嫌いだ」 「え――?」  吐き捨てる様に告げて、ぷいっとそっぽを向く。怒ってる雰囲気が、穂高さんからひしひしと伝わってきた。窓ガラスに映ってる顔が明らかに苛立ちに満ちていて、その態度に心の中が妙にざわついてしまう。 「大嫌いって言ったんだ。俺が心配しているのに、あんな男と嬉しそうに喋ったりして。無用心すぎる」 「そんな……。だって俺は、普通に接してるだけですし」 「…………」 「……嫌いになんて、なってほしくない、です……」  車内の重たい空気が、どんどん俺の気持ちを沈ませる。外で吹き荒んでいる突風が、その気持ちを持って行ってくれたらいいのに。 「大嫌いなんて、言わないで……」 「……誠意。見せてくれたら許してあげる」  そっぽを向いていた穂高さんの顔が、いきなり鼻先まで近づいた。 「せ、誠意?」 「ん……。それが伝わったら、好きになってあげる」  さっきの険悪な雰囲気が一転、穂高さんの低い声が妙に艶かしくて、暗にそれを示している感じ。  誠意って俺が今すぐ、ここでしなきゃいけない。これ以上、嫌われないように――  喉を一回だけ鳴らして、目の前にある首に腕を回した。そのまま引き寄せて、自分からキスをする。煙草の味が口の中いっぱいに広がり、穂高さんとキスしているのを更に感じて、ドキドキしながらそれを味わった。  ――前はすっごいイヤだったのに、今はすごく好き。煙草の味のキスは、穂高さんの味だから―― 「んっ、……穂高さんっ、好きぃ」  角度を変えて貪るように舌を絡めながら、穂高さんを必死になって求める。唾液の絡み合う音と甘い吐息が、車内に響いた。 「……足りない。まだダメ」  不意にくちびるを外され、右手を掴まれる。肩で息をしている俺の顔を覗き込みながら、薄い笑みを浮かべた。  この笑みは厄介な証。――イジワルなことをする際に、いつもこの笑みで困らせるから。  俺の濡れたくちびるを拭いながら、掴んだ右手を下へ持っていった。穂高さんのソコに手のひらを強く押し当てられ、困った俺はぎゅっと眉根を寄せるしかない。 「イジワル。……しないで、くださぃ」 (こんなところで、あんなことをさせるつもりなのか!?)  それを思い出して、頬に熱が溜まっていった。呼吸も、勝手に乱れてしまう。 「どうしたんだい。嫌いなままでいいのかい?」  意味深な笑みを浮かべて、わざわざ顔を覗き込んで訊ねてくる。  それに対してすっと顎を引き、上目遣いで穂高さんを見つめたら、見下ろしてくる視線が、身体にぐさぐさと突き刺さった。そんな視線をやり過ごすべく、ふいっと目を逸らして右手に力を込めたら、その手を握りしめられた。 「……ウソだよ。嫌いになんて、なるワケないじゃないか。ん……?」  俯いたままの額に、ちゅっとキスをされ、恐るおそる口を開いてみる。 「ホント、に?」 「ああ、ちょっとだけお仕置きをしただけ。だけど――」  俺の首に二の腕を回して、耳元に吐息をかけてきた。 「やっ、……くすぐったいっ」 「俺をこんなにした千秋には、責任とってもらわなきゃ。分ってるでしょ」  低い声で告げてから、首筋に舌をはわせる穂高さん。 「責任って。……明日、朝一で授業が」  両手で穂高さんの身体を押し出して、何とかゾクゾクを取り除く。外でこういうのをされるのは、本当に落ち着かない。 「車でこのまま、俺の家に行くから」  手短に言うと、素早くエンジンをかけた。  さっきから翻弄されっぱなしで、自分ではどうにも出来ないことに、若干不満を覚えつつも、こうして簡単に穂高さんの手によって、しっかりと飼い慣らされてしまう。  大好きな彼から告げられた、求めるような言葉に、拒否することが出来ずにいた――

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