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残り火本編第一章 火種26

*** 「千秋、……千秋大丈夫かい?」  頬を軽く叩かれる痛みで、やっと目が覚めた。 「……うん?」 「よかった。突然意識を失ったものだから、心配したんだ……」  穂高さんの言葉に、眉根を寄せるしかない。未だに頭は、ぼんやりとしたままだ。 「意識を……、失った?」  自分でそれを口にしてみて、頭の中にある記憶の線が、ゆっくりと繋がっていった。やがてそれは一本の糸となり、俺の胸をぎゅっと締め付ける材料となる。  俺が意識を失ってしまった理由――。穂高さんが浮気をしているという、いろんな証拠を自ら見つけてしまい、心に穴が開いてしまって。その穴を塞ぐように、アイシテルという言葉と一緒に、穂高さんのモノを突き立てられたけれど、穴が大きくなりすぎて、どれもこれもすり抜けていったんだ。  それに耐えられなくなった瞬間、俺は意識を飛ばした。気持ちイイのにどうにも気持ち悪くて、涙を流す意外、言葉にもならなかった…… 『背中の傷、誰に付けられたんだよ?』  そうやって訊ねたところで、この人はまた嘘をつくんだろうな。他の人に愛の言葉を囁くように、俺にもキレイな嘘をつくだろう。そういう、最低な恋人なんだ。  ベッドに横たわったまま、ぼんやりしてる俺の身体に、ぎゅっと抱きつきながら横になる穂高さん。  ――俺がもし、女だったら……  子どもが出来たと嘘をつき、穂高さんに結婚を迫って、その身を縛りつけるのかな。誰にも手を出されないように、そして出させないように、俺だけのモノにして。  そんな有りえないことを考えながら穂高さんの顔を横目で見たら、じっとこっちを見ている視線とぶつかった。 「なに、考えているんだい? 怖い顔してる」 「怖い、顔?」 「ああ……。千秋らしくないよ」  言いながら、宥めるように頭を撫でてくれる。優しく撫でられても、一旦荒んでしまった心まで、宥めることは出来ないだろう。ホストをしてる、穂高さんだから―― 「……らしくない顔させてるの、誰だと思ってるんですか」  こんな文句を言ったところで、この人には通用しないのが分かっているのに――  悔しくなって、身体に巻きついている穂高さんの腕を振り払い、ぷいっと背中を向けた。 「ごめん……。早くお金を稼いで、千秋のもとに戻ってくるから」  冷たく向けてやった背中なのに、甘える様に肩にしがみ付き、うなじにくちびるを押し当てられると、穂高さんの熱い吐息がふわっとかかって、否応なしに感じてしまった。 「んっ……」 「ね、千秋。こっち向いて」  強引に向かせることだって出来るクセに、わざわざ強請るなんて酷い。俺の大好きな、低くて心に忍び込んでくる声で―― 「千秋……。お願いだから……」  耳元で囁いたと思ったら、耳の縁を舌先でつつっと滑らせてきた。舌を阻止すべく慌てて耳を隠し、渋々顔だけ振り向くと、やけに真剣みを帯びた視線で、俺の顔をじっと見てる穂高さんがいて、少しだけ面食らってしまう。 「な、に……?」  その視線から放たれる、得も言われぬものに、自然と身体が固まってしまった。 「俺は千秋が好きだよ。君だけを愛してる」 「…………」 「千秋は俺のこと、好き?」  好きだと答えてあげたかったけど、それがすんなりと、口に出せる状況じゃない。  俺は答えず、視線をズラして気持ちを表した。 「千秋……」  今の自分は駄々を捏ねてる、小さな子どもと同じだ。――どうにもならないことにお手上げ状態で、ムダにふてくされることしか出来ない。  そんな自分にイライラしたとき、目の端に穂高さんの顔が映ったと思った瞬間、 「くっ、痛っ……!?」 いつも咬みつく肩口を、容赦ない力で咬み続けてきた。 「ほっ、穂高さんっ、何やって、すっごく痛いってば!!」 「……千秋も俺にっ、……痕、つけてくれ」 「へっ!?」  唐突な提案に、変な声が出てしまった。 「千秋のだって印、つけて欲しい。目立つところでいいから」 「だって、……そんなことをしたら、お客さんに何か突っ込まれたり、アレコレ言われちゃうんじゃないの?」  目立つ場所につけたら間違いなく、お客さんの反感を買うはずだ。 「それでもいいと思ってる。俺が真剣に恋愛してる相手は、……千秋だけ、だから」 「っ、……穂高さん」 「俺に、君のだっていう証をつけてくれ。他の人は俺の肌につけられない、千秋だけのものに――」 (――穂高さんを、俺だけのものに?) 「……心も身体も、全部千秋のものに」  ギシッとベッドを鳴らしながら、俺の身体を抱き起こすと、優しく抱きしめてきた。穂高さんのすっとした首筋が目に留まる。 「本当に……、つけていい、の?」  何だか大それたことをしようとしてる感に戸惑っていると、後頭部に手を回して、俺の顔を首筋に押しつけた。一瞬だけ躊躇った後、思いきってその首筋に、がぶっと咬みついてみる。  ――何だか、ドラキュラになった気分……  好きな人の肌に歯を立てているだけなのに、身体の奥から何か、熱いものが沸き上がってきた。 「……んぅ、はぁはぁ……」  どれくらいの力で咬めば、穂高さんが付けるようなキレイな痕が残るのかは、正直分からなかったけど、とにかく必死になって咬んでみた。  歯に感じる肌の感触を味わいながら、舌先でくすぐるように、一緒に舐めてみる。 「あ、ぁっ、……ち、あき……」  抱きしめる腕にぎゅっと力が入ると、重なり合ってる互いの肌の熱が、一気に上昇したのが分かった。 「こ、れで、……穂高さんは、俺のだ……」  首筋から顔を離し、肩で息をしながらその場所に触れてみる。赤い歯型が、くっきりと付いていた。 「ん……。嬉しいよ」  艶っぽく笑った穂高さんが、そっとくちびるを合わせてくる。 「っ、……ンンぅ、あっ……」  くちびるを割って入ってきた舌に自分の舌を絡ませて、唾液を貪りあった。  穂高さんの身体に腕を巻きつけて、肌を撫でる様に背中に触れてみる。  背骨に沿って付けられている何本かの爪痕を指先で感じてから、その部分にがりっと、容赦なく爪を立ててやった。 「穂高さんもっと、……俺を感じさせて。離れてる間も、寂しくならないように」 (――誰かが痕を付けたのなら、俺が上書きすればいい) 「まったく、また気を失いたいのかい?」  俺を再びベッドに組み敷き、右手で上半身をゆっくりと撫でていく穂高さん。  今この時だけは俺だけを見て、感じさせられている。だから―― 「……穂高さんのモノになりたいから。だからお願い、貴方で満たしてほしい」  その言葉に頷きながら、俺のお願いを聞いてくれた。全身に、穂高さんを感じながら考える。  どうすればこの人を、自分に縛り付けることが出来るだろうかと――

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