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第三章 偽りだらけの恋愛5
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この日は店があまり忙しくなくて、少々物寂しい感じだった。
暇なキャストたちは、キャッチに行って不在。ナンバーツーとナンバースリーは、和やかに接客中。
ナンバーワンのレイン様はロッカールームでくつろぎながら、スマホを片手に煙草を吸っていた。
大倉さんはレジ前で帳簿の整理をしていて、俺の存在があってもなくても、関係ない状態。交渉するなら今しかない――
フロアを見ながら、ちょっとずつ後ろに下がり、さっとロッカールームへ音をたてずに入った。
「……何しに来た。店が暇なのか?」
俺の姿をチラリと見て、すぐにスマホに視線を移す。ポケットに忍ばせているネクタイをそっと取り出して、後ろ手に素早く隠した。
「レイン先輩に、大事なお話がありまして」
「俺も大事な仕事中だ、後にしてくれないか」
「今じゃなきゃダメなんです、よっと!」
座っていたパイプ椅子を派手に蹴っ飛ばし無様に転ばせ、強引にうつ伏せにしたところに素早く跨って、レインの両手首をネクタイできつく、ぎゅうぎゅうと縛り上げる。
「てめぇ、何してんだっ!?」
左のポケットに入れてある小さなリモコンを取り出し、ロッカーの上に設置してあった、ビデオカメラのRECボタンを押して、録画状態にした。
本当は、こんなことをしたくはない。――だが結果を早く出して解放してもらうには、これしかないんだ。
そう自分に言い聞かせ、レインの身体を仰向けにしてやる。
「誰の差し金だ? 俺に対して、こんなことをするなんて……」
先程の慌てた態度とは一変、眉根を寄せて不快感を表しながら、疑問を口にした。
「レイン先輩の頭の中に浮かんでいる、人物ではないですよ」
「だったらお前ひとりで、何のためにこんなことをしている?」
「この店をまわしているのが、大倉さんじゃなく、レイン先輩だって分かったからです」
俺の言葉に一瞬だけ目を見開き、ふいっと顔を横に向ける。
「何をするつもりか知らないが、顔だけはやめてくれ。一応、商売道具なんだから」
「安心してください、痛いことをする趣味はないんで」
言いながら手早くベルトを外し、下着と一緒にスラックスをズリ下ろした。
「――!!」
「俺がここに来て一週間。ずーっとレイン先輩を観察していました。それで分かったことがあったんです」
右手でレイン先輩自身を扱き、左手で色の抜けた髪をそっとかき上げ、耳元にくちびるを寄せる。
「レイン先輩って、大倉さんとデキてるんだなって。だけど最近忙しくて、すれ違ってばかりいますよね。可哀想……」
薄い耳たぶを口に含み、くちゅっと音をたてて食んでやった。
「ぁっ……!」
「もう、こんなになってますよ。お客さんとは色マク、していないんですか?」
(※色マクとは、枕営業のこと。客と店の外で恋愛関係のように振る舞い、性的関係を持つことで、売上を伸ばす営業方法)
「やめろっ! いや、だっ」
「そうか……。大倉さんとの関係を大事にしてるから、かな?」
「ちが、……ぅっ、はぁあぁっ!!」
大きくなっていくレイン先輩自身を手の中で感じた時、一気に欲が放たれる。身体を二、三度痙攣させ、ぐったりしたまま頬を染め上げ、悔しそうに下くちびるを噛みしめた。
「あ~あ、もう少し苛めてやろうと思ったのに。早いですって、レイン先輩」
「うっせぇよ……。お前の目的は何だ? 言うこと聞くから、これ以上は何もしないでくれ」
汚れてしまった部分を含め、あちこちを傍にあったティッシュでキレイに拭いてやり、脱がしてしまった衣服を、元の状態に戻してやる。
「もしかして、この店の中で一番早くイくから――」
「さっきのはたまたまなんだって。お前が気持ちイイとこばかり、その……。それよりも、縛ってるこの手を、何とかしてくれ」
くちびるを尖らせながら背中を向け、縛っている手首をわざわざ揺らしアピールした。
「それは僕が提示する条件を飲んだら。それまでガマンしてください」
無様に床に座り込み、悔しそうにチッと舌打ちをするレインに、ロッカーの上に置いてあったビデオカメラを、目の前に差し出す。
「何だよ、コレ」
「さっきの、一部始終を録画しました」
「はぁ!? ちょっ……、まさか」
徐々に顔色が青ざめていく様を見やり、口角を上げて微笑んでみせた。
「はい、そのまさかです。脅しの道具に、喜んで使わせていただきますよ」
「ひでぇ! 何者なんだ、お前はっ?」
「ただの通りすがりの会社員です。さてレイン先輩に、頼みたいことを言いますので、きちんと聞いてくださいね」
聞いてくださいねの部分のアクセントを強めで言い放ち、笑みを消してじっと見つめる。
漂う緊張感を感じてくれたのか、仕方なさそうにしながらも、きちんと正座をしてくれた。
「今まで面倒くさそうなことは、ナンバースリーの鳳 淳に全部、任せていましたね?」
「ああ、よく分かったな。アイツは便利屋だからさ」
(便利屋、ね――)
「僕が来る前に辞めていったホストに、話を聞くことが出来まして。使えないとレイン先輩に言われたその日に、ナンバースリーにヤキを入れられたそうですよ」
「足を引っ張るヤツがいると、店の雰囲気に影響を与えるからな」
――面白いことを言うじゃないか。この店にいる、キャスト全員の質が良くないというのに……。
だがこの男はまだマシな方で店の中心人物。上手く働いてもらいましょうか。
「今まで鳳に回していた面倒くさいことを、全部僕にまわしてください。彼を使わずに、フリーにしてやること」
「別にお前にまわすのはいいけどよ、ちゃんと捌けるんだろうな?」
不審げな目を向けられてしまうが、致し方ないだろう。手腕を見せ付けてやれば、納得してくれるハズだ。
「暴力は嫌いなんで、そういうのじゃなく、別な手を使って捌いてあげますよ」
「俺にしたみたいなこと、する気なんだろ?」
「まさか、これは別件ですって。そういう趣味を持っていない人には、効果がないんです。また別の手を打ちます」
見るからに不機嫌な表情を浮かべるレインの首筋に、右手人差し指を使って、つつつと撫でてあげる。
「うっ、やめろよ、そういうの!」
頬を染めながら、喚いたからだろう。いつもの余裕綽々な顔が一切見られず、恋をする、ひとりの男の顔がそこにあった。
大事な交渉をしている時なのに。――無性に、千秋に逢いたくなる。どことなくレインの顔と千秋の顔が、重なって見えてしまうのは気のせいだろうか。
「本当にレイン先輩は、感じやすい身体の持ち主なんですね。小麦色の肌が、一気に熱を持ちましたよ」
「黙れよ、それ以上言うな……」
「欲しくて堪らないクセに」
肩を竦めて笑ってみせると、長い脚が俺の腹目掛けて、いきなり突き出された。夜の世界で長くやってきたお陰で、喧嘩慣れしている俺にとっては、簡単に見切れてしまう動きだ。
笑みを浮かべたまま寸前のところで、後方に飛び退いてみせる。
「チッ、欲しくねぇよ、バ~カ」
余裕綽々の俺に顔を背け、悔しそうに舌打ちしたレイン。
「はいはい。欲しいのは大倉さんのだけ、ですもんね」
「ムカつくな、マジで……」
図星だったのか、力なくその場に倒れこみ、うつ伏せのままで俺を見上げる。
「んで、他に何をすればいいんだ?」
「簡単なことです。僕のことを苛めてください」
「……まさかお前に、そんな気があったとは……」
まじまじと見つめた視線に、思いきり深いため息をついてやる。
「ご期待に添えなくてスミマセンが、そっちの気はありませんよ。レイン先輩が僕に新人研修として、キャストの皆さんに腕前を披露してくれたらいいだけです」
「新人研修!?」
「ええ、お客様役にレイン先輩が扮して、新人キャストとして僕が接客する様を、いちいちチェックして、ダメなところについてツッコミを入れていく、みたいな感じです。勿論、事前の打ち合わせをしてから、やって戴く形ですけどね」
この店に来て一週間、ダメ過ぎるキャストのダメっぷりを、きちんとメモしているので、それを元に接客をしていくつもりだ。
もそもそ起き上がり、その場でアグラをかくと、窺うように俺を見上げた。
「……お前は、それでいいのか? 俺からのツッコミ受けて、さ」
「いいですよ。ここではドのつく新人設定になっていますので。思う存分苛めてください。ただし、アドリブを入れたら倍にして返しますので、気をつけてくださいね」
「分かった、やってやるよ。アドリブなんて怖くて、入れられないっつーの」
「ありがとうございます。一週間に一回のペースで、よろしくお願いします」
後ろに回りこみながら回数を告げてやり、手首を拘束していたネクタイを外してやる。
「ナンバーワンとして、みんなから慕われているレイン先輩に、一応期待していますからね」
喉で低く笑い耳穴に向かって吐息を吹きかけると、途端に頬をぽっと赤らめた。
「お前、いちいちウゼェよ……」
「スミマセン。普段では見られないレイン先輩の貴重な姿が、物珍しくて仕方ないんです」
腕を引っ張って立ち上がらせて、埃が付いてしまったスーツの部分を、丁寧に叩いて落としてやった。
「なぁアンタ、ただの通りすがりの会社員とか言ってたけど、本当は何者なんだ?」
「僕の正体を知りたければ、どうぞ鳳に聞いてください。即バレしたんで」
そんなやり取りの後、明日行う研修の打ち合わせをし、この日は終わったのだが――
みんなの前で新人キャストとしてレインを接客した俺に、ものすごい緊張した面持ちで、
ベタなお客様を演じてくれた。
――鳳に俺の正体を聞いて、ムダに緊張しているな――
言わなきゃ良かったと後悔しても、既に遅い。アドリブを入れるなとあれほど言ったのに、それすらも忘れているらしく初めてやって来た客のように、たどたどしく振舞ったのでしょうがなく予定を変更して、完璧な接客を皆に見せつけることにした。
しばらくは新人として目立たぬよう暗躍を計画していたのに研修のせいで、一目置かれる存在となり、キャストたちからナンバーと同じ扱いを受けることになったのだった。
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