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第30話
大学を卒業し官僚になって4年経ち、たまたま仕事で帰省した時、県庁のエレベーターホールで哲生と再会して、息が止まるほど驚いた。
哲生も26歳の青年になってはいたが、高校時代、女子たちに王子とあだ名されていたノーブルな美貌はいささかも損なわれてはいなかった。それどころか、少年らしい青さがとれ、大人の色香が加わって、高校の頃の面影を残しつつもさらに美しくなっていた。
今回の帰省にあたって、会うことも含めて哲生に関して何も期待していなかったので、哲生の左手に指輪を見つけたとき、思ったほどショックではなかった。だが、婿養子となり、姓が変わったと知らされたときは、驚きのあまり目の前が白くなった。
結婚しただけでなく、佐倉という姓を変えてまで過去を振り捨てたかったということか。
哲生が佐倉ではなくなったことの衝撃は、東吾を打ちのめした。
それなのに、手を振り別れて帰ろうとした東吾を哲生は切ない声で呼び止めた。妻は今日は残業で遅い、もう少し話したい、としどろもどろに言う哲生を東吾は困惑して見つめた。
だが、高校卒業以来考えないようにしていたとは言え、忘れることの出来なかった恋しい相手にすがりつくような目で見られて、抗うことが出来るわけもなく、彼の腕を取ってそれぞれの家とは方向の違う駅前に向かっていた。
途中のドラッグストアにビールを買うため2人で立ち寄ると、つまみを物色している哲生から離れて日用品の棚に行った。哲生が自分を呼び止めた意図はわからない。単に懐かしいだけなのか、それ以上を望んでいるのか。そして自分は哲生とどうなりたいのか。
だが、いざとなった時、諦めたくも、哲生の身体を傷つけたくもなかった。
東吾はゴムと潤滑剤を持ってひとりでレジを抜け、哲生にトイレに行くから先に出るとメールした。
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