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第32話

久しぶりに哲生を抱き、かえって哀しみを深めることになったあの日から2年ほど経ったある日、東京の東吾のアパートに哲生が突然訪れた。 手入れをしていないのか、髪はボサボサに伸び、顎や頬にまばらに髭も生えていて、18の頃には若さに輝き、2年前には壮年の落ち着きが深みを与えていた美貌もさすがに陰りが見えた。濃紺のスーツを着ていたがネクタイはなく、はだけたシャツのすき間から見える胸元は、もともと細かったというのに、ますます骨が浮き上がり、何かがあったのは一目瞭然だった。 「よお、久しぶり」 痛々しい微笑みを見せる哲生を、東吾は慌てて部屋に上げた。 「よ、よくわかったな、このアパートが」 「うん、昔、一度もらった年賀状に住所が書いてあったから。…でも、もう住んでないだろうと思ってた。会えなかったら帰ろうと思ってたんだけど…」 東吾が大学時代からずっと住んでいるこの部屋は、両親とも医者で病院を経営している裕福な実家が借りてくれた、学生には広めの1DKだったが、シングルベッドと机と本棚くらいしか家具が無く、がらんとしていた。 高校卒業時に哲生と別れたことが思った以上に東吾に大きなダメージを与え、長い間自分の日常を充実させる気にならず、そのうちに物の無い生活に慣れた。就職先の官庁にもここから通えたので、他の部屋に移る理由がなかった。 哲生に年賀状を出したのは、大学1年の時だ。哲生からはもらえなかったので、東吾もやめた。そのたった一枚の年賀状を頼りに哲生がこの部屋にたどり着いたと思うと、引っ越さなくて良かったと心から思った。

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