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第35話
「俺、お前と東京に行けばよかった。地元の大学に行かなければ茉莉子と出会わなかったし、お前の身代わりみたいに愛して彼女を傷つけることも、苦しめることもなかった」
哲生は両手で顔を覆って、小さな子供のようにワンワンと泣いた。
これほどの罪悪感を感じながらも、彼女とやり直すことはないと分かっているのが余計辛いようだった。
哲生がしゃくり上げながら、東吾が差し出したティッシュケースからティッシュペーパーを何枚か引き抜き鼻をかんだところで、東吾が聞いた。
「俺と東京に行くのは、考えられなかったんだろ?あの時は」
哲生は、涙や鼻水を何枚ものティッシュペーパーで拭いながら、赤く、腫れぼったくなった目で東吾を見上げた。
「高級官僚がゲイなんてスキャンダルじゃん。だから、俺がついて行ってもお前の足を引っ張るか、捨てられるかどっちかだろ。あの時は俺たちが不幸になる未来しか見えなかった」
東吾は、はああと大きなため息をついて頭を抱えた。そして、本当に哲生の妻に申し訳ないと思った。
自分と哲生、どちらかにもう少し勇気があったら2人で東京に行き、彼女は哲生と出会うこともなく、傷つくこともなかったのだ。不甲斐ない自分たちのせいで、無駄に傷ついた哲生の妻に心の中で謝罪すると、東吾は哲生の隣に座った。
「…離婚したってことは?」
そう問いかける東吾を、哲生は涙で濡れた目でぼんやりと見つめた。
「うん?何…?」
東吾はキョトンとしている哲生の肩を抱くと、彼のやつれた頬にそっとキスをした。
「おかえり、佐倉。やっぱり君は佐倉がいいよ」
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