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三話『まぁ、俺有能ですから。』

朝比奈が明らかに侮蔑の色を帯びた眼で相川と山崎を見る。 相川の持論だが不思議と腹が立たないのは、やはり人間と言うのは綺麗な物が好きだからだ。 ただ、それだけの理由でも十分なのだ。 綺麗な物が嫌いな人間はいない。 だから大抵のことは許してしまうのだ。 もしも朝比奈が不細工なら、光の速度で鉄拳を打ち込んでいる。 ほうっと漏れる溜息。 見れば見る程、綺麗だ。 どの角度から見ても完璧だ。 しかし美しい人と言うのは瞳だけで相手を跪かせるような魔力でもあるのだろうか。 愛の告白をするかの如く片膝を付き、彼の手を取り何でも願いを聞いてやりたくなる。 どんな無茶な願いでも、彼が望むならば多大な犠牲を払っても良いから叶えたくなる。 いけないいけない。 朝比奈相手にそんな真似をしてみろ、確実にそのまま平手打ちをされる。 「やー‥思わぬ眼福にあずかる事ができたなぁって。いずれ菖蒲か杜若。 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とはお二人の為の言葉っすね。学院内でもさらに上澄み程度の数しかいない麗人を拝めて山崎何て昇天してますから。」 「それは女の仕草や容姿を形容する用語だ。お前には目の前の男二人が女に見えるのか。」 「性差を超えた美しさってことです。」 誤魔化すように笑えば 室内を一周した一之瀬の視線が相川に留まる。 小さくため息をつかれた。 「美人というも皮一重という言葉を知らねぇのか。容姿なんざ、たかだが皮一枚の問題だ。何を舞い上がってるんだ。くだらねぇ。」 「それでも、綺麗な人は好きですから。」 午後の微睡から覚めたような濡れた瞳。 物憂い気な眼差しに、ときめいた。 あまり見つめられるとムラムラ…いや、ドキドキする。 もう駄目だ。 許しを乞う様に足に縋りつき、迷うことなく奴隷宣言したくなる。 つま先に口付ける権利を恥も外聞も無く強請りたくなる。 いけない。落ち着け。 一之瀬ならそのまま跪いた相川を足蹴にするはずだ。 美しい花には棘がある。 美人過ぎるのは、目に毒だ。 「あー…ちょっと、今他のメンバー席外してて、俺たちじゃ対応でき ないんですよ、もうすぐ戻りますから。お茶でも飲みますか?」 ペットボトルの茶なのだが、飲めるだろうか。 一之瀬は多分問題ないだろうが朝比奈あたりは嫌がるかもしれない。 「他のメンバーって奴ぁ、二年か?それとも、会計監査の事か?」 一之瀬の言葉にぎくりとするが、呼び出してしまえばこちらのものだ。 適当に足止めしておけば、先輩方が到着するだろう。 朝比奈が組んでいた腕を解き「時間にルーズな人間は嫌いだ」と言い 踵を返したところで、ドアが開く。 二年の松尾と半田だ。 菓子とジュースの入る袋を片手に、出て行こうとした朝比奈を見下ろし目を見開いた。 大袈裟に驚いてみせた半田を小突き部屋に入ってきた松尾が 「おーっ、来た。マジで来てたわ。相川偉いぞお前。」 と両手を頭の上で叩き緩やかな拍手をする。 まぁ、俺有能ですから。 自惚れても良い位の偉業を達成したと言っても過言ではない。 「相川、お前お手柄じゃん。」 「賭けは俺の勝ですからね。山崎は今度学食の日替わり定食奢れよ。」 「くっそぅ。」 山崎に歯を見せて笑いかけると、彼も楽しそうに笑う。 そうだろうとも。これから先、10分先か、30分先かは分からないが、 ――今から始まることを思えば楽しみでならないだろう。

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