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十二話『完全無比な美しさ』

「いやぁ、良い仕事をしたぜぇ。」 松尾が鼻歌まじりで会議机に横臥した朝比奈のジャージのファスナーを下す。 自前のシャツか学院規定の白い体操着かと浅く腰掛けた長椅子から相川も視線をやるが、現れたのは後者だ。 クルーネックのウェアは素材故か、体にフィットするタイプの為、胸から腰までの ラインを綺麗に浮き上がらせていた。 ぺちゃくちゃと喋っていた二人は無言になり朝比奈を見つめる。 安っぽい木目の長机の上で、気を失ったまま横たわる姿は精巧な人形 を思わせた。 発光しそうなほどの白い肌。 艶やかな黒髪。 淡い色の唇。 閉ざされた瞳を縁どる長い睫。 温室で大事に育てられた花特有の完全無比な美しさ。 「…なんか‥眠り姫みたいっすね。」 呟く相川を笑うものはいなかった。 こんな夢見がちな少女じみた事を言う男ではないが朝比奈の寝顔を見て いると、誰もが言い得て妙だと思うだろう。 「…朝比奈先輩起きると暴れると思いますよ?中学から護身術習ってるから滅 茶苦茶強いって噂有るし縛って置いたらどうっすか?」 あくまで噂に過ぎない。 中には真実味に欠ける内容もあるが万が一と言う事もある。 「噂じゃねそれ。」 笑い飛ばした半田同様相川も、正直朝比奈が噂されるほど強靭な肉体の持ち 主には思えない。 だがもしも、ここで逃げられたら全てが水の泡となる。 二度とこんな好機を望めないどころか、今後は報復を恐れなくてはならない。 朝比奈の性格を考えれば、落とし前はきっちり付けねば気がすまないだろう。 「いや、社会勉強とかいってさー。電車に乗って出かけてみたらそこで痴漢に遭 ってトイレの個室に連れ込まれた話有名じゃん。相手半殺しにして警察 につきだしたあれだよ。あれ?五分の四殺しだっけ?まじで知らねぇの? 相手の鼻血とゲロで制服ぐちゃぐちゃだったじゃん。」 半殺しどころの話ではない。 虫の息ではないか。 いささか信じられないが、二年間同じクラスだった松尾が言うなら嘘ではないだろう。 トイレに連れ込まれる前に抵抗しろよといいたい。

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