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第2話
下校してる最中も、たっくんは王子になりきって変な話し方だった。
「たっくん、いい加減に普通に喋ってよ」
「それは出来ぬ! 余には、やらねばならぬ使命があるのだ」
(余? 一人称、余?)
戸惑う僕に対し、たっくんは熱のこもった説明に熱心だ。
「昨日、私は不思議な体験をしたのだ。寝ている我の鼻先に妖精が止まり、言ったのだ。『王子になり、金色の光の中で姫とキスをすれば、願いが叶う』……と」
(妖精より、ころころ変わる一人称が気になってしょうがない)
「朕 は驚いて、じいやを呼んで、何か変わったことはないかって聞いてみた」
(じいやって誰だ?)
僕の知る限り、たっくんの家にじいやはいない。彼はごく一般的な日本家庭に住んでいる。
「すると、じいやは『はて? 私は寝ておりましたので、知りません』と言うばかりでなにもわからない」
(じいや、しっかりしろ)
「朝起きて、我輩は卵かけご飯を食べながら考えた。あれは絶対夢じゃないと。麿 は金色の光を探さねばならぬと思ったのだ」
(王子のくせに質素な食事だな)
「じいやは、何してるんだよ」
黙って聞いておこうと思ったのに、我慢できずに茶々を入れた。たっくんは一瞬考えた後、答えた。
「じいやは、夜勤だから帰った」
「そういうところだけ、リアル設定やめて!」
僕の抗議もさらりとかわし、たっくんはそういう訳だから。と、全部説明した気でいる。
「王子のキャラ設定がブレブレ過ぎて、何も頭に入ってこない」
「だから山に登るの! 金色の光を探しに」
ようやくいつもの話し方に戻ったたっくん。その話し方だと、やや子供っぽく、内面の無邪気さが滲み出る。
「普通に話していいの?」
「……どの一人称もしっくりこないから、もういい。行こう、まーくん」
そう言うとたっくんは当たり前のように、僕の手を掴んで引いた。僕は眉をひそめて立ち止まった。
「だから、たっくん。手を繋ぐのやめてっていつも言ってるでしょ。それに僕は行くなんて、一言も……」
「行くよ。まーくんが必要だもの」
たっくんは口調は優しいのに、強引だ。僕が振りほどこうとする手を絶対に離さないのを知っている。僕は諦めて、その手が引く方向へと足を進めた。
山といえば、裏山の神社だ。地元の人しか知らない細い獣道を進んだ先に、誰にも手入れされていない荒れた神社がある。人気のないそこは昔から僕たちの秘密基地だった。
(あそこに行くの何年ぶりだろう)
不意にたっくんが立ち止まって振り返った。
「まーくん、俺は金色の光ってさ、神社から見える夕日だと思うんだ」
「僕は金縛りに遭った時、見たことあるよ。金色の光」
「まーくん!」
たっくんは心霊系の話が苦手だ。話の腰を折られ、たっくんはむっとした表情で僕を見下ろした。
(あ、怒った)
無駄に怒らせるのは得策ではない。僕はその場を繕った。
「うそうそ。僕も金色の光は夕日だと思うよ」
「本当にそう思ってる?」
「思ってる、思ってる」
作り笑いを浮かべて、たっくんを見上げた。彼は少し困ったように小さく首を傾げたが、なにも言わずに先に進んだ。
たっくんには僕が適当に頷いてるだけなんて、お見通しだけど、結局僕には敵わないという感じでそれ以上追及してこない。だから、たっくんは僕の作り笑いにいつも困った顔で返してくる。
僕は密かにその困った顔も好きだったりする。
他の人には絶対に見せない顔だから。
(……僕も変人かも)
道を進みながら、僕は自分を改めて省みて、ちょっと引いた。
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