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第3話

裏山の神社は相変わらず荒れたままそこにあった。 「何も変わってないね」 「そういえば、姫の謎は解かなくていいの?」  金色の光が夕日ならば、姫のキスも何かの謎なのだろうと思ったが、たっくんは小さく首を振った。 「姫は、まーくんだよ」  なんの曇りもない笑顔でたっくんは僕の両肩に手を置いた。相変わらずの意味不明な言動に僕は笑顔のまま固まっている。 「姫って綺麗な人を言うんでしょ? 俺は、まーくんより綺麗な人を知らないよ」 「ま……、真面目な顔して、ふざけたこと言うなよ!」  たっくんはいつも真顔で変なことをいう。  たっくんは馬鹿だ。その度に狼狽する僕も、多分馬鹿だ。 「えっと、じゃあ姫のキスっていうのは」 「まーくんとキスするってこと」 「……は?」  聞き返したのに、それには答えずたっくんの唇が迫ってきた。僕はとっさに頭を無理に倒して、そのキスを避けた。たっくんはたいそう不満そうだ。 「なんで避けるの!」 「なんでキスするの!」 「まーくんとキスすれば、願いが叶うんだよ!」 「やめて、それだけは……」  至近距離での攻防に嫌気が差したたっくんは、ついに僕の両頰を挟み、無理やりキスをしようとする。それを防ごうと僕はたっくんの口元を両手で塞いで押し返した。もはや力と力の勝負である。 (こんなことで、僕のファーストキスを奪われてたまるか!)  必死で押し返すとともに心の叫びが口から出た。 「こんなことするなら、絶交だからな!」  その言葉が飛び出た瞬間に僕の頰を挟んでいた力が抜けた。たっくんの見開いた目の瞳が小さく揺れて、あっという間に涙がたまった。  たっくんの頰に伝う一筋の滴を見て、僕は言いすぎたと反省した。けれど、僕が何か言う前に、たっくんはうなだれて膝をつくと、その場に座り込んでしまった。たっくんは苦しそうに声を震わせる。 「言われなくても、来週から別々だから」 「……え?」 「俺、来週から……アメリカ行く」 (そんな話聞いてない。……ああ、だから、今してるのか)  唐突なたっくんの言葉に僕は呆然としているのに、どこか冷静だった。冷静な僕は、たっくんがこんな悪質な冗談を言わないこと、彼の父親がアメリカに単身赴任していることを勝手に脳内に並べた。  たっくんはぽろぽろと涙を地面に落とした。 「お、親の都合で……、俺には直前まで内緒だったみたいで……昨日の夜、知って……」  途切れ途切れに嗚咽を挟みながら、たっくんはなんとかそう言った。  僕は静かにたっくんに歩み寄った。近くまで来ても、たっくんは力なくうなだれて泣いていた。 「昨日見た妖精が、ただの俺の願望からくる夢だってわかってるよ。でも……、でも……」  たっくんは必死だ。必死に僕に自分の気持ちを伝えようとしている。顔を上げたたっくんは、涙で顔がぐしゃぐしゃで、せっかくの男前が台無しだった。 「もしも願いが叶うなら、俺は一生、まーくんから離れたくない」 (それが、たっくんの願いなんだ……)  この時、僕は、ただたっくんを泣き止ませたくて、必死に言葉を紡ぐたっくんに応えたくて、でもそれに応じる言葉を知らなかった。  だから、僕は黙って、たっくんの唇にキスを落とした。  たっくんの唇は柔らかくて、涙で冷たくて、しょっぱかった。  目を見開くたっくんに、僕は安心させるように静かに笑った。 「泣かないでよ。これで願いが叶うなら、キスぐらいいつでもしてあげるから」  時間が止まったようにぽかんと口を開けているたっくん。しばらくして、ようやく声を絞り出した。 「……本気にしていい?」 「うん」  僕が頷くと、たっくんは下から飛びつくように抱きしめてきた。 「でも……、俺は悲しいよ! 八日間もまーくんと離れるなんて、絶対に嫌だ!」  ……は?  今、絶対に聞き逃してはならないキーワードが聞こえた。  僕は努めて冷静を装いながらたっくんに尋ねた。 「まーくん、アメリカのどこに行くの?」 「ハワイ」 「八日間、ハワイに行くの?」  涙の跡も隠さずにまーくんはこの世の終わりのような顔で頷いた。 「それ、ただの家族旅行じゃん!!」  僕のあまりの大声に、木に留まっていたカラスが鳴き声上げて羽ばたいていった。 「返せよ! 僕のキス返せよ!」  僕は興奮して、たっくんの胸ぐらを掴むと大きく揺さぶった。

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