107 / 121
第8話
それから三日間。本当に祖母は水しか持ってこなかった。1時間ごとに、コップ1杯の水のみ。
一度、虚勢を張って水なんていらないと持ってきた水を跳ね返したら、半日経っても持ってきてくれなかった。
お腹がすく分、水がかなり美味しく感じる。でも必要以上の水を強請るとなにかを要求されそうで、怖くて三日間耐え抜いた。
「...」
今日は四日目。祖母が座敷牢の前の椅子に腰掛けてずっとこっちを見てる。朝からずっとこの調子。
「もう1日くらい、水だけでもいけるかしら...」
なんかもう、ぼそぼそとおぞましいことを言ってるけどしんどくて話す気力もなかった。
「...人間って、一週間は水だけでも生きていけるのよね」
...殺す気、かな。いまだって動けないのに。布団に寝っ転がってるのに。
「...ねぇ譲。アレと別れなさい。そしたらご飯もちゃんとした生活も送らせてあげるわ」
「あ、れ...?」
「鈍いわね...朔よ」
空っぽの頭で考える。この人に、朔と付き合ってるなんてこと言ったっけ?いつかの会話の中で言っちゃったのかな、ん、いつ...だっけ。
働かない脳が、考えるのを放棄したけど、一つだけしっかりと浮かんだ答え。
「わか、れな...い」
別れたくない。
「はぁ......本当に付き合ってるなんて。気持ち悪い」
気持ち悪い、とか.......久々に聞いた。朔が好きだってわかった時、自分に対して言った時以来だ。
祖母はなにかを思案しながら座敷牢の前から消えた。
そして次の日も水しか与えられなかった。持ってくるたびに祖母は別れる気になった?と笑顔で聞いてきて、おれの答えが思ったのと違うと思いっきり顔を顰めて帰っていく。
そうして迎えた六日目。今日も水だと思ってたのに、祖母はジュースを差し出してきた。
「...飲みなさい」
琥珀色で透明。リンゴのジュース、のようなもの。
「...」
いや、飲まないから。いかにもなにか入ってますよ感のある飲み物なんて飲まないから。
「ただのジュースよ」
「...」
「飲みなさい」
「...」
「飲めって言ってるのよ」
「...」
目も合わさず格子窓の明かりを見続ける。断固拒否、だ。絶対飲まないぞ、と頑なに意思表示してると祖母はため息を付いて普通の水を座敷牢の中に置いた。
「これでいいかしら?......っとに、作戦が台無しよ」
ドスンと椅子に座る。
聞こえてきた"台無し"にやっぱりなにか企んでたんだと怖くなる。水のところまで這いコップを手に取り口に含んだ。
その姿を見た祖母がにやりと笑っていたのを、おれは見ていなかった。
***
することなく空を見つめて数時間。意外な訪問者が来た。
「久しぶり、ゆずくん」
「なんで、ここにっ」
座敷牢の中にいつのまにか居たのは慎也だった。
「んーなんでだと思う?」
「わかんない...」
慎也がここに来る理由が分からない。まさか慎也まで閉じ込められたというのか。
体を起こすのも怠くて仕方なく慎也に寄ってきてもらう。
「...弱ってるね」
「水だけ...」
「水だけしかもらってないんだね。さっきのリンゴジュース飲んだ?」
「飲んでない...」
なんで知ってるんだろう。
「うんそうだと思った!疑り深いゆずくんのことだから、飲まないと思ったんだ。あれはただのリンゴジュースだよ。その後出された水は......ふふ」
不敵に笑う慎也に眉を顰める。
「ただの、リンゴジュース...?」
「そうだよ!」
前髪をさらさらと流される。額からは汗が出てきていた。
「じゃ、あ...水は、なに...なにが、入って」
起き上がろうとして肘をついたら、慎也に押されてすぐに倒れてしまった。
「弱ってるし、薬も効いてる」
笑う慎也の顔がなぜか見えない。
「大丈夫だよ、譲!起きたら全部終わってるからね!」
ともだちにシェアしよう!