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第9話
目を開くと、元いた自分の部屋。
「...ゆずくん、おはよう」
「...しんや」
ベッドの脇に慎也がいて、あれ?いつ部屋に戻ってきたんだって思った。
「ふふ、ゆずくん大好きだよ」
布団から出てる手を握られる。ここに来た記憶がない。っていうより、慎也と話したあとから記憶がない。
リンゴジュースはリンゴジュースで、水は水じゃなくて......。水は、なんか入ってるんだよな。
「...しん、や」
水飲んだら、慎也に押し倒されて。
「...慎也?」
押し倒され、て?
「慎也、おれになにしたの」
頭がぼんやりしてて覚えてない。うっすら縛られたことを覚えてる。嫌がったことも覚えてる。
「最初は効きが悪くて嫌がられたから、縛るしかなかったんだ。ごめんね?ちょっとの間痛いだろうけど......僕とゆずくんの愛し合った後だと思えば嬉しいな」
「慎也」
質問に、慎也は答えない。
「可愛かった」
「し、んや...やめ」
そんな答え求めてない。
「睡眠姦なんて初めてだったけどいいね!またしようか」
突き付けられる事実。嘘だ、それは嘘だ。でも、だって、おれ知らない。寝てたから、寝てたから知らない、覚えてない。
「あ、...うそ、うそ、うそ......や、だ、うそ」
片手で顔を覆う。慎也はその手を無理に引き剥がして笑いながら耳元に口を寄せる。
「本当だよ、譲」
「ーーー!」
おれは慎也を突き飛ばした。
どう暴れたのか、なにを叫んだのか記憶にない。忘れてしまいたい、全部。
そんな中慎也はなんども、なんどもおれの傷口に塩を塗りたくる。
「譲だって、オネダリしてきたんだよ」
「欲しい?って聞いたら寝ぼけながら「ほしぃ...」って」
「何回も「朔...」って呼んでたよ」
「僕のこと朔さんだって思ってたみたいだね、残念。違ったね」
「恋人の朔さんにもう顔向けできないね!」
泣き喚いて耳を塞いだ。なのに慎也は同じように手を引き剥がして呪いのように言葉をぶつけてきた。
最後の最後には服を脱がされ、洗面所まで連れてこられて、わざと身体中に散らばるキスマークを見せつけられた。
「ね?キスマークいっぱい。ねぇ...ほかの人と肌を重ねた譲を、朔さんは愛してくれるかな?軽蔑するんじゃない?汚い、穢い って」
「あ、...そ、んなこ...と...」
「言わない?ありえないよ。僕だったら言うなぁ...「譲、汚い」って」
おれ、汚い...?ほかの人に触られて、感じてたんだとしたら、もっと酷い.....。朔は、そんなこと言わない、と思いたい。
冷たい洗面所の床に座り込むおれに慎也は追い打ちをかける。
「恋人失格...だね?」
意気消沈としてしまって、動けなくなった。慎也は丁寧に服を着せてベッドに運んでくれて帰り間際「学校楽しみにしてる」って言った。
ベッドから落ちるように降りて、部屋の姿見のところへ行く。
片足にベルトの後、手に縛られたあと、体にキスマーク。
「...」
許して、くれるだろうか。強姦されたって言えば、まだ余地はあるかもしれない。
ぼぅ...と鏡を見てると、祖母が姿見に写った。満足気な顔をしている。
「譲...これは、別れなきゃいけないわよね」
なにかが首にかけられる。紐、だった。
「別れるわよね?」
言わなきゃきっと、殺される気がする。気がするのに、おれは、首を緩く左右に振った。
「...ああそう」
ぎり、と締め上げられる。痛い、苦しい、苦しい。
「かはっ...ぁ、あ"っ」
死にそう。
「なんで、なんでわたしばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのよっ......っ!」
苦しくて涙が出る。「なんでわたしばっかり」?そんなの知らない、おれに言われたってどうにも出来ないのに。
「ぐぁ...ひ、ぎ...ぁっ」
「...」
ぱっと紐が首から外され、入ってきた酸素にむせ返り蹲る。
「...明後日の、夕方まで待ってあげる。好きにすればいいわ」
祖母はおれを絞めた紐を置いて部屋を飛び出した。
これが、六日目の出来事。
7日目は屍同然にベッドに寝転んでいた。ずっと朔のことを考えていた。というより考えざるを得なかった。
現実逃避で睡眠に逃げても夢の中まで悪夢は追いかけてくる。実際は抱かれた記憶なんて一切ないのに、慎也が何回もおれを下から突き上げてくる夢。目の前に朔がいておれが触ろうとしたら触るなって拒絶される夢。
全て夢だったら良かったのにと思うのに夢の中でも自由になれない。
「...ごめんなさい」
布団が、水浸しになるんじゃないかってほど泣いて。謝ったけど、朔がそばにいないから届かない。
寂しい、でも、電話出来ない。電話したら多分今までの事全部吐き出してしまう。そうすれば朔は二度とおれに笑いかけてくれなくなるかもしれない。
それに、携帯はいま祖母の手元にある。おれが助けを呼べないようにしてあった。
「...ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめん、なさ......い」
「もう、いやだ...っ」
「た、す......けて」
だれが聞いてくれる訳でもないのに、おれは1人でずっと助けを呼んでいた。
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